第45話 動き出す青春
「つーかさ、俺思うんだけど·····」
71組のクラスメイト達は一日の授業が終わってもすぐに帰らない事が多い。
漫画を読んでいる人とか、寝ている子とか、会話に花を咲かせてる事もこのクラスの日常だ。
その原因はZクラスに課せられたバイト禁止と部活禁止のルールがあるからだろう。
バイト禁止は安全面を考慮してと考えれば納得はいくが、部活禁止に関しては少々やりすぎなんじゃないかと思う。
一般の部活動に魔術士が介入して卑怯な手を使う可能性はあるけれど、しっかりと部活をやりたい人もいるはず。
まぁ魔術士になってしまった以上、プロのスポーツ選手になるという道は世界が認めてくれない。
中にはそれで夢潰えた人もいるんじゃないだろうか。
幸い私にはアスリートになるという夢は元々なかったが。
そんな事を悶々と考えていた時、顎に指を添え珍しく何かを考えていた涼平君が周囲に向けて発信する。
「火の属性が一番弱くね?」
恐らく彼は彼なりに考えてその結論へと辿り着いたのだろう。
「なんでそうなるのよ?」
もちろん涼平君の言葉に最初に食いついたのはまほろちゃんなのだが、軽く流し気味なのは涼平君からの返信が大したものじゃないと決めつけているからだろうか。
「だってさ、水に勝つのは絶望的だろ?風にはかき消されるし、土には鉄壁の守りがあるし。火属性じゃ戦えないじゃん?」
「さぁ、どうかしらね。そうとも限らないでしょ」
「そうかぁ?じゃあ例えば?」
「自分で考えなさいよ」
「えー?これでも考えたんだけど」
考えた挙句に出した答えがそれなのだから、涼平君にはまほろちゃんが見つけているであろう他の言葉は期待出来そうにない。
そんな涼平君の状況を察して神君が代わりに解答を提示する。
「·····温度には最も低い、つまり下限が存在する。-273℃、絶対零度というやつだ。だが上限は存在しない。青天井。温度を下げるのは水属性の性質で、温度を上げるのは火属性の性質。下限はあるが上限がないのなら、火属性にはまだまだそれこそ無限の可能性があるだろう」
「うおーー!マジかよ!温度に上限ないのかよ!じゃあ一億度とかもありえるんだな!」
「実際に宇宙なんかじゃ普通にあるんじゃないか?だがそもそもお前が一億度の炎を作ったらお前自身が一瞬で消え去るだろうが」
水属性の人間は寒さに、火属性の人間は暑さに強い。
それぞれ同じ属性には耐性を持っているが、そこまでの温度を防げるわけはない。
さらにこれに関しては風属性と土属性は除外され、残念ながら耐性は持っていない。
「確かにそうだよな。じゃあやっぱり弱いのか」
「使い方によるでしょ?炎を拡散するくらいじゃ熱が分散して威力は髪の毛を燃やす程度かもしれないけど、物体に通してみたりとか、圧縮してみたりすれば強力になるわよ」
「一番弱いのは絶対土属性っすよ!」
そこで話に割り込んできたのは茂明君。
「土属性は色々強い部分があるだろぉ?お前だって鎧にしてたりするじゃん。鉄壁の土属性って感じだし」
「だって土がなきゃ何にも出来ないっす!室内とか全然役に立たないっす!」
「あー、言われてみれば·····」
土属性はその名の通り、土を動かして形を成す魔術。
他の三つの魔術と異なるのは、土のないところではその力を発揮できないという点だ。
「そんな事はない。僕としては土属性はむしろ最強の部類に入ると思っている」
無表情のまま腕を組んでいた来栖君は異議ありと言わんばかりに会話に切り込んできた。
もしかしたら会話に交ざる機会を窺っていたのかと思うとなんだか可愛く思えてしまう。
「どうして?」
「スピードは劣るが防御力も攻撃力も強い。それに強力な魔術士になると建物の中でもその力を発揮出来る」
「え!?建物の中でも!?どういう事、来栖君!?」
「例えばコンクリートの中には砂が混ざっているだろ。その砂を中から強制的に取り出す事も出来る。実際、S級魔術士クラスになるとそれだけでビルを丸ごと倒壊させる事も可能だという」
「ホントに!?すごい!」
それは私も初めて聞いたが、もしそんな人が暴れたりしたら大事件どころじゃなくもはや災害だ。
それよりも·····
「そのS級とかA級とかの区別ってどうやって決まってるの?」
今まで度々耳にしていたランク、漠然と強い魔術士というのはわかるが、それがどういったものなのかという点においては詳しく知らない私。
「魔術士はそれぞれランク付けされて管理されている。最上位がS、最下位がE。魔力量と魔術特性がそのランクを分ける。大まかに言うと100以下がE、300以下がD、500以下がC、1000以下がB、2000以下がA、それ以上がSって感じだよ」
「そうなんだ!じゃあ私はEランクか·····。全然しょぼいな」
例の元生徒会長、天知時雨の魔力値は600を越えていたのでB級魔術士というわけか。
「魔力値が低いからといって弱いとは限らないよ那月。使い方次第、またはその傾向によって相性もあるからね。それに魔力が低くてもランクが上位になる事はある」
「そうなの?どういう時に?」
「魔術特性が特別な人、身体能力の優れた人や魔術の使用方法が天才的な人、そういう人達がランクを上げてしまうこともある」
「へ~そうなんだ!」
あの来栖君がわざわざ私にそんな事を丁寧に教えてくれている。
どういう訳か来栖君は私には優しいような気がする。
それを思っていたのは私だけじゃなかったというのは次の涼平君の言葉で証明される事となった。
「なぁ来栖、お前なっちに対してだけ心を開いてるよな?」
「ふん、当然だね。那月と君達とでは大きな格差がある」
指摘された事に対して否定するかと思いきや、少しの動揺も見せなかった来栖君に少し驚く。
「え?格差って·····。私は一般人だけど」
一般人も一般人。
突出した技能も才能もないし、頭脳は並、運動はまぁまぁといった具合。
魔力覚醒しているというところだけは一般人ではないかもしれないが、このクラスの中でも最弱といっていい。
そんな私が周りよりも秀でてる所なんて探す方が難しいだろう。
「那月は僕にとっては特別な存在。僕はね、那月と生きると決めているんだ」
その瞬間、空気は凍り付いた。
私が今まで生きてきた中でもダントツで、空気が凍り付いたという表現が相応しい瞬間。
静けさに支配された教室内で、唯一美沙羅ちゃんの可愛い寝息だけが響いていた。
「な、なななな、何を·····」
私が何とか絞り出した言葉は動揺を隠せず、そして思わず心音は高鳴ってしまっている。
もしかして私は今、告白されたのかもしれない·····。
「ちょっと来栖、それどういう意味よ?」
「どうもこうもない、僕は那月と一緒に生きる、そう決めたんだ。君達がどう思おうが知ったことじゃない。僕は那月を手に入れるよ」
え?これって絶対告白されてるよね?
なんかすごい上から目線だけど告白されてるって事でいいんだよね?
というか私ここでどういう反応をすればいいんだろう。
このまま何も言わないままの方がいいのか、何か反論するべきなのか。
何も言わないならなんだかいたたまれない空気になるし、反論したら来栖君を傷付けてしまうだろうし。
そもそも私は来栖君の事をどう思っていたのだろう。
今まで異性として意識した事なんてなかったし、私にとってはただのクラスメイトでしかなかったわけで、特別な感情を抱いた事ももちろんない。
それがここにきて、しかも教室の中で、みんながいる前で宣言されるのだから私の脳内は混乱していた。
ふと横に目をやれば神君と目が合ってしまう。
恥ずかしくなった私はすぐに目を逸らしてしまうが、彼は一体私の事をどう思っているのだろうか。
「すごいよ来栖君!男前!」
「ふん」
来栖君はいよいよ立ち上がり私の前に立つ。
私の事をじっと見つめるその目に迷いはなく、躊躇いも恥ずかしさも感じてはいなそうだ。
「僕が那月を導く。那月はただ僕についてくればいい。僕の隣にいろ」
「え、えっと·····」
どうすればいいかわからず私は彼と目を合わせる事が出来ない。
まさかこんな状況に陥るだなんて想像もしていなかった。
「おいおい来栖、そんなに強引だと引かれるぞ。なっち困ってんじゃんかよ」
助け舟を出してくれたのは涼平君。
今は本当に心の底から感謝だ。
「そうか、なら今はまだいいよ。僕の想いは伝えたから」
「あ、うん·····」
来栖君はそのまま教室を去っていった。
大きな嵐を起こして、その爪痕を私に残したまま。
私の中に渦巻くのは複雑な想い。
静かな水面に大きな波紋が広がっていくような、そんな胸騒ぎ。
私の未来はこの先どうなっていくのだろう。
自分でもまだ、その片鱗すら掴めていなかった。
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