第32話 考察②
珠奈は原付に跨り、制限速度ちょうどで島を優雅に走り抜ける。
やがて辿り着いた教員用宿舎13。
その外観を改めて確かめると、とても宿舎とは思えないと珠奈は感じていたが、それを共感してもらえる相手もいないのでそのまま玄関へと一人向かう。
自動ドアを抜けてホテルのロビーのような玄関を見ると思わず感嘆のため息が漏れた。
「すごい·····」
「いらっしゃいませ」
「うわっ!」
突然話しかけられた事でビクンと肩を揺らした珠奈は、恥ずかしさを隠すように髪をかき上げるが、残念ながらその顔はほのかに染まっている。
そんな珠奈を見つめる大きな翡翠の目。
メイド服を着こなし、自分のお腹を隠すように組まれた手、姿勢の良さも理想形と呼べる程に完璧なその女性。
珠奈の顔や、その全体像を一度見渡した彼女はニコリと微笑んだ。
「公安特区特務魔術課、宇佐美珠奈巡査とお見受けしますが、本日はどのようなご要件でしょうか?」
自己紹介もしていない上に、目の前にいる女性との面識もないのに名前まで言い当てられてしまった事に、珠奈は驚愕と同時に畏怖を覚えた。
どうしてこの人が自分の事を知っているのだろう。
服装を見れば警察だとは一目瞭然ではあるが、名前、それもフルネームまで答えられる初対面の人は、相手が有名人か、あるいは他の誰かから聞いていなければありえない。
ならば当然誰がこの人に自分の情報を教えたのだろうと考える。
しかし答えは全く思い浮かばず、考える事を諦めた珠奈は直接聞いてみる事にした。
「その前にどうして私の名前を?」
「記憶するのは得意分野ですので」
「教えた事もなければ会うのも初めて·····ですよね?」
「はい、直接お会いするのは今この瞬間が最初です。ですが、珠奈巡査がバイクを走らせている姿は何度も目撃しています」
「そうでしたか·····」
目撃していたからといって名前まで知っている理由にはならないが、それ以上の追及も無意味だと考えた珠奈は用件を切り出した。
「ここに住んでいる人に話を聞きに来たのですが」
「そうですか、残念ながらただ今お仕事中の為、この宿舎には誰も残ってはいません」
「あーそうなんですね。て事は校舎の方に行かなきゃダメか」
「ご要件ならこちらで全てお伺い致します。ご迷惑となる可能性がある為、校舎には許可がないと入れません」
「えっと、その許可は誰に貰えばいいんでしょうか·····?」
「篝霧也先生です」
「あーつまりアポを取らないと会ってくれないという訳ですか」
「はい」
メイド服の女性はニッコリと笑顔で肯定する。
その笑顔はやはり模範的で、全てにおいて完璧と呼べる程の完成された接客を体現していた。
(この女性は教師じゃないと思うけど、教員用宿舎にメイドさんがいる訳もないし·····。一体この人は誰なんだろう·····)
「わかりました、後日また出直します」
「畏まりました。次回は先に電話をいただければ幸いです」
「了解致しました。あと一つだけ聞いてもいいですか?」
「はい、答えられる事ならなんなりと」
何かがおかしい。
この宿舎にしろ、教師にしろ、71組にしろ、どこか違和感を感じざるを得なかった珠奈は一つだけ問いかけてみる事にした。
「あなたの名前は?」
この女性メイドが誰なのか、どういう人物なのか、何か知っているんじゃないかと考えた珠奈は、公安のデータベースで照合する為名前を聞く事にした。
しかし彼女から返ってきた返答は珠奈の想像の斜め上を行っていた。
「申し遅れました。私の名前はアイリス。第三世代型アンドロイドです」
アンドロイドメイドのアイリスから止められていたが、珠奈はその忠告を無視して71組の校舎へと密かに向かっていた。
「まさかあんなに精巧なアンドロイドが存在してるなんて·····。しかも第三世代って·····」
普及しているアンドロイドはまだ第二世代が当たり前で、現在は第二世代後期と言われている。
しかしそれはアイリス程の精巧な造りとは言い難く、一般の人が見ても一目でアンドロイドだとわかる程度だ。
人の目を欺く、しかも新米とは言え公安警察の
目を欺く程人間に近い容姿と、全く違和感のない会話はアンドロイドだと言われてもまだ信じられない。
珠奈は自分が過去に置いていかれてしまったかのような複雑な気持ちになっていた。
そんな事を考えつつも珠奈は本来の仕事に戻り、71組校舎の前に立つ。
「アポを取れって言われなかったのかしらぁ?」
「うぇっ!」
まだ校舎内に入る前だというのに、そこで待ち構えていた女教師、如月月夜にあっという間に見つかってしまった珠奈。
公安警察なので尾行や偵察はお手のものといったところだが、早々に気付かれた事で自分の失態にバツの悪い苦笑を見せる。
「あ~ごめんなさい、ちょっと話を聞きたくて·····」
「公安が話を聞きに来るなんてどんな事件かしらねぇ?」
「私の名前は·····」
「宇佐美珠奈巡査ね、話はもう聞いてるわよ」
異性に対してではなくても滲み出してしまう妖艶な空気に珠奈も思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。
これが異性を落とす色気なのかと感心しつつも、この際全部聞いてみようと決めた珠奈は回りくどい言い方をやめて直球勝負に出た。
「数日前、Zクラス生徒会長の天知時雨さんが尋ねてきたと思うんですが」
「あぁ~、あったわねそんな事も」
「そこでどういう話をしていたか覚えていますか?」
「さぁ、どうだったかしら。私が話したわけじゃないのよね」
「全くわかりませんか?」
「篝先生を追い詰めるようなセリフは言ってたみたいだけれど、どうかしらね」
(という事はもしかして次の標的は篝先生!?いや、でもさすがに教師を相手にするってのもないかなぁ)
「まさか公安の標的がZクラス生徒会長とはちょっと驚きよ。あの子何か事件を起こしたのかしら?」
「たかが高校生とはいえ普通の高校生ではないですからね。魔術士は一般人から見れば脅威ですよ。多少なりとも権力を持った魔術士ならなおさら気をつけなければなりません」
「あらあらおかしな事を言うわね。それはあなたも同じじゃない」
「私は·····」
公安という権力を持った魔術士、言われてみて初めて自分がそういう存在なのだと珠奈は自覚した。
反論する言葉が見つからず、ついには黙り込んでしまう。
そんな珠奈の姿を見て思わず笑ってしまった如月月夜は助け舟を出して話題を終わらせる。
「冗談よ。聞きたいことは他にあるかしら?」
「·····えっと、篝先生に直接お話を伺いたいんですけど·····」
「残念ね。今は授業中よ。話はまた今度。その時は先に連絡を入れましょうね?」
「わかりました·····。今日のところはこれで失礼します。また後日改めてお伺いします」
篝との接触は叶わず、珠奈は仕方なく諦めて本来の任務へと戻る。
時雨の不穏な動きを見ると次の事件はこの辺りで起きるのではないかと何となく感じ取った珠奈。
しかしその事件が起きるのを出来る限り食い止めたいと思う反面、証拠を掴む為には事件が起きないといけないという板挟み状態となっていた。
「71組か·····。一体何が隠されているのか·····。私にわかる日は来るのかなぁ·····」
イマイチピンと来ないまま時雨のいるZクラスの元へと再びバイクを走らせた。
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