第27話 初めての戦い②

―――「ここならあの魔獣も突進してこれないし、空から氷を降らせる事も出来ないね」


地の利を生かす作戦、この場所によって相手の攻撃を封じる事に成功。

問題は向こうがこちらを見れないのと同じで、木の葉に邪魔されてこちらも向こうを視認するのは難しい。


「けどこれじゃ埒があかねーな。なんとかしてあいつを引きずり下ろさねーと」


「相手が空を飛べる魔獣だっていうのが厄介ね。地上戦ならこんなに苦戦する事もなさそうだけれど」


私が飛行出来る程まで魔術を使いこなせていたのなら、あるいは対等に渡り合えていたかもしれないが、そんな事を考えていても時間の無駄だ。

今は現状を打破する事を考えるのが先決である。

しかしその前にまず一番気になっている事を尋ねてみた。


「ねぇ、あの魔獣って本当に篝先生が作り出したものなのかな?」


「え?違うんすか?僕はてっきり実戦訓練だと思ってたんすけど」


「でも訓練にしては難易度が高いし、それに本気で攻撃してきてるし·····」


実戦訓練だったとしたらもっと初級レベルから初めていくだろう。

篝先生本人もここにいないし、もちろん実戦訓練なんて話も聞いていない。

あの魔獣の突進を回避出来なかったとしたら、死にはしなかったとしてもかなりの大怪我になっていたと思う。

いきなりの訓練でそんな危険な事をさせるだろうか。


「篝の作った魔獣じゃない。恐らくあのおっさんはこの件に関して関与してないだろう。あいつの性格上こういう事をやりそうだが、俺たちを危険に巻き込むような事は絶対にしない」


「篝霧也の事を随分と信頼してるみたいだけれど、僕にはとても信用ならない相手だ」


「まぁそれならそれでいいが、あの魔獣を操作してるのが篝じゃないのならこちらに危害を加える可能性は十分にある。もしかしたら俺たちを本気で殺しにきているのかもしれない」


「おいおいマジかよ·····。訓練どころかいきなり戦場なんて聞いてねーよ」


「えっと、つまりゴイスーでバイヤーな感じですかぁ?」


やはりそうなのだ。

篝先生の事を誰よりも知っている神君が言うのだから間違いないだろう。


「あの魔獣をどうにかする方法は二つ。一つは単純に戦って勝つ、もう一つは逃げ続けて術者の魔力を枯渇させるという方法」


「逃げ回るなんて嫌だね。僕はあいつを倒す」


「ならば上空の敵をどう倒すか」


「ちょっと待って!音が聞こえるっす!魔術を使ったみたいっすよ!」


「場所はこの真上!何かする気よ!気をつけて!」


「何か落ちてくる。熱を持ってるな」


畳み掛ける情報に緊張感が走る。

私達が一斉にその場から離れれば、木々の枝をへし折りながらボーリングの玉程の大きさの氷が落下してくるのが見える。

しかし来栖君は言っていた。

と。

それが何を意味するのかはすぐに目の当たりにする事になる。


氷の塊が空中で光を放ち、爆発を起こす。

その爆発によって氷は周囲に弾け飛び、鋭利な破片がそこら中に突き刺さった。


「うわっ!」


「くっ·····!」


私と美沙羅ちゃんは神君に守られた為無事だったが、涼平君とまほろちゃんは顔を顰める。


「涼平君!まほろちゃん!」


まほろちゃんの二の腕に氷の欠片が突き刺さり、そこから血が滲み出していた。

涼平君はさらに悪く腹部に突き刺さり、血が流れ服を真っ赤に染めていく。


「しくじったぜ·····」


すぐに二人の元へと駆け寄り、美沙羅ちゃんは流れるような手つきで治療を始める。


「大丈夫ですよぉ。ミサが治しますからねぇ」


「ごめんねミサちゃん」


「私とした事が、迂闊だったわ·····」


そして再び氷の塊が木の枝をへし折る音が森の中に響き渡る。


「ヤバいっす!またきたっすよ!」


「身を隠せ!打ち消そうと思うな!」


今度の爆発も森の中に氷の破片を飛散させる。

神君が守ってくれなかったら今の私はひとたまりもないだろう。


「颯馬、奴を引きずり下ろせるか?」


「ふん、僕を誰だと思ってるんだ。颯馬の名にかけてやり遂げるさ」


「茂明、奴のコアを破壊するのはお前の拳だ。いけるな?」


「絶対やってやるっす!」


「篠舞、もしもの時は援護しろ!」


「え、あ、うん!わかんないけどやってみる!」


神君が走り出し、その後に続いて私と茂明君と来栖君も走り出す。

一体どうやるのかというのはわからないけれど、負傷者が出た今逃げ回るという選択肢はなくなった。

つまり私達の選択はあの魔獣を倒すという一択。

細かい作戦を立てている時間はない。

恐らく神君の中では勝算があるのだとわかっている。

だから私達はついて行くのだ。


森を抜け出して再びビーチへと、敵の視界に入る位置へと舞い戻ってきた私たち。


「颯馬!」


魔獣がこちらを見るのとほぼ同時に来栖君は魔術を発動させる。

高い位置を維持している魔獣のさらに上、風が球体の形を形成していた。

言わば風の塊。

その塊の中では暴風が吹き荒れている。


「堕ちろっ!」


その塊が魔獣にぶつかり弾ければ、中に封入されていた暴風が強力な力となり魔獣の飛行能力を奪う。


「キェェェエエエエ!」


悲鳴にも似た声を上げて地面に叩きつけられた魔獣。

その衝撃波で砂煙も高く舞い上がり、魔獣の姿は隠されてしまったが、まだそれだけでは倒しきれていないと何となく私も感じ取っていた。


「茂明!」


「任せろっす!」


立ち上る砂煙の中へと向かって走っていった瞬間に、舞い上がった砂を茂明君の土の鎧が吸い取れば、もう魔獣は体を起き上がらせていて、その翼を大きく広げ今にも飛び立とうとしている。


「させないっすよ!」


重い鎧を纏っているとは思えない軽快な動きで、魔獣の懐へと入り込んだ茂明君だったが魔獣の動きの方が一瞬早い。

その胴体へと向けた拳が空を切るのと同時に、空へと飛び上がった魔獣。


「くそうっ!」


「まだだ!茂明!飛べ!」


あの来栖君が感情を剥き出しにして叫ぶ。

かなりの魔力を使ったにも関わらず、立て続けに魔術を行使する。

茂明君の足元から、その体を浮き上がらせる程の強い風を吹き上げさせ飛び立つ魔獣へと一気に距離を詰めた。

宙を舞った茂明君は石の拳を握り込み、大きく振りかぶる。


その時、私の脳裏にさっき神君が言った言葉が反響していた。

もしここであの魔獣を仕留められなかったら、

戦況はより過酷になり、皆も無事では済まない。

この千載一遇のチャンスを逃せば次はないかもしれない。

ここで終わらせなきゃ。


私の足は自然に走り出す。

本能が行けと言っている。

決して止まるなと、戦えと、戦って勝てと耳元で囁いている。


そして茂明君の渾身の一撃は体を捻らせ回避され、魔獣はさらに上へ、逆に茂明君は重力に負けて下へ。

ここで終わらせる訳にはいかない。


圧縮された空気を踏み、高く飛び上がった私。

繋がれたパス、ようやっと辿り着いたゴール前、ここで決定的な最後のパスを渡さなければなんの意味もない。


「茂明君!」


両手を高く掲げて、その手の中に空気を圧縮させる。

ゆっくりと落下してきた茂明君はその空気に着地し、そして次の瞬間さらに高く舞い上がった。


「いっけぇーーー!」


爆発的な加速により飛び上がった茂明君の体は魔獣の上昇スピードを越え、ついに回避不可能な位置まで接近し潜り込む。

その拳が魔獣の胴体を捉えた。

痛みを感じるはずのない魔獣が、まるで動物のフリをするかの如く鳴き声を上げる。


だが、茂明君の土の魔術の力を持ってしてもその胴体を貫く事は出来なかった。


「そんな·····」


絶望に打ちひしがれそうになったところで、茂明君はニヤリと笑う。


「土は重いっすよ。意外と」


茂明君の纏っていた鎧が砂の状態へと戻り、その拳を伝い魔獣の体を包み込んでいく。

魔獣にまとわりついた土は凝固し、強い負荷がかかった体を羽ばたかせる事が出来ず、ついに力を失い落下した。


無我夢中だった私は着地の事なんて考えてなかったけれど、来栖君が私と茂明君の下に風を起こしてくれて事なきを得る。


「来栖君、ありがとう」


「怖かった~!助かったよ来栖君!」


「ふん、ここで怪我されたら後味悪いからな」


魔獣は土の魔術に自由を奪われてまともに動けない様子だが、それでもなんとかしようと懸命にもがく。

しかしまとわりついて凝固したそれを引き剥がすには至らない。


「皆よくやった。俺は何もしてないが」


「神君、逃げられたらもうどうしようもない。あいつにトドメを刺さなきゃ」


「いや、その必要はなさそうだ」


気付けばもう魔獣は動くのをやめ、その体から蒸気のようなものを上げている。

程なくして魔獣の体は溶けてやがて水になった。


「倒したの·····?」


「術者が諦めたんだろう。戦闘不能状態まで追い込んだのだから、俺たちの勝ちといったところか」


その言葉を聞いて緊張の糸が切れた私は力をなくしてその場に座り込んだ。


「やった·····勝ったんだね·····」


「うっす!やってやったっすよ!」


「当然だな。僕の力を持ってすればこれくらい」


「それぞれの連携が勝利を呼び込んだ。それは大きな収穫になる」


初めて役に立てた事が嬉しかった。

でも今は勝った事に対する余韻など感じられる余裕は、まだ私にはなかった。


「涼平君とまほろちゃんは!?」


「あいつらの所へ戻ろう」


「うん!」












―――「なんて事だ·····。まさかあんな奴らに負けるなんて·····」


自分より格下だと侮っていた71組に対してまさかの敗北を喫した時雨は怒りを抑えきれない様子だった。

普段の無表情ではいられず、歯を食いしばり眉間にシワを寄せ、拳を強く握る。


「思っていたよりも強い、という事ですか」


「いや、個々の力は大した事はない。実際に魔術で優れていたのは颯馬来栖のみ」


「1体7では仕方ありませんよ。次は僕も加勢しますのであまり気になさらず」


天知時雨は負けた事がなかった。

いつでも常にトップを走り続けていた。

しかしここで初めての敗北を知る。

それは彼女にとってはとても受け入れ難いものである。


「必ず潰す。71組、全てを私が壊してやる·····」


彼女の言葉の中に残っているのはもはや恨みに近い怒りの感情のみだった。

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