第26話 初めての戦い①

―――「キェェェエエエエ!」


魔獣の咆哮が空気を震わせ、まるでそれが合図と言わんばかりに全員がそれぞれ動き出す。

最初に動いたのは魔獣で、今度は一気に急降下し、地面スレスレで方向を変える。


「気をつけろ!」


猛スピードで近付いてくる魔獣に対して迎撃態勢をとる私たち。

その尖った嘴が狙いを定めた相手は·····。


「やはり上隠狙いか」


皆は予想していたようで、美沙羅ちゃんの前に集まる。

美沙羅ちゃんは治癒の魔術士。

それがわかっている相手ならば、まず最初に潰すべき相手は彼女以外いないだろう。


「燃えろぉっ!」


高速で向かってくる魔獣に対して、涼平君は最初に火の魔術を前方へと放出し攻撃を開始した。

だがその炎は高速の相手の脅威となるようなものではなく、簡単に通過を許す。


「チッ·····!まほろ!」


まほろちゃんは氷の剣を作り出し構えをとる。

接近戦となるまほろちゃんはリスクが大きい。

あの魔獣の突進を受けてしまうのはかなり危険だ。

それでもまほろちゃんは逃げようともせず自分の射程距離に入るのを待つ。

私は呼吸をする事も出来ず、極限の緊張感に鼓動だけがやけに速く脈打っているのがわかる。


魔獣の突進がまほろちゃんに届く寸前、彼女は真横に飛び砂浜の上を一回転転がった後すぐに氷の剣を魔獣の翼にめがけて振る。

氷の剣は狙い通りに猛スピードで接近した魔獣の翼に命中。


だが·····


「くっ·····!」


翼が硬かったのか、そのスピードの威力なのか、まほろちゃんの氷の剣は翼を分断する事なく自身が粉砕という結末を迎えてしまった。


「避けて!」


美沙羅ちゃんの身体能力でそれを回避する事は難しい。

まさにここが私の魔術の使い所である。

私の風の憑依魔術は人よりも速く動く事が最も得意。


走り出す瞬間、踵に空気を圧縮させ、そしてすぐに解放。

私の一歩が爆発的加速を見せ、魔獣よりも先に美沙羅ちゃんの元へと到達、そのままの勢いで彼女を抱きしめ砂浜の上を転がる。


まさにその刹那私たちスレスレを魔獣が駆け抜けて砂浜の砂を巻き上げていった。


「なっち!ナイス!」


「ミサちゃん!大丈夫!?」


「ん~大丈夫です~!怖かったです~!」


駆け抜けた魔獣は再び上空へ大きく弧を描く。

旋回し終わったらきっとまた攻めてくるだろう。

次の攻撃も無事に避けられる保証はない。


「神君!どうしよう!あの魔獣を倒す手立てはないかな!?」


私が頼ったのは五十鑑神。

どんな劣勢でも彼ならきっと冷静に最適解を導き出せるはずだ。


「涼平の炎では火力が足りず、まほろの氷では切り裂けない。なら颯馬、茂明、お前たちの力を使うしかない」


「言われるまでもないさ。僕がやると最初に言ったはずだけど」


「うっす!やってやるっすよ!」


魔獣はもう既に旋回し終えて、二度目の突進の体勢をとり急降下。


「ふん、バカめ、相手が悪かったな鳥。同じ攻撃を二度も使うとは」


来栖君が右手を前方の魔獣の方向へと向けると、突進してくるその軌道上に風が渦を巻き始める。

その右手を上に上げると風は急激に強くなり、小さな竜巻を作り上げる。


「舞え」


しかし突進してきた魔獣は寸前でその体を捻らせて軌道をずらし竜巻をギリギリで回避すると、さらにそのまま何も無かったかのようにこちらへと向かってきた。


「生意気なっ!」


苛立ち奥歯を噛み締めた来栖君の前に飛び出したのは茂明君。

彼の主属性は土、タイプは憑依。

地面の砂が彼の体にまるで生きているかのようにまとわりついていくのは奇妙な光景である。

やがて土は凝固し、鎧のように彼自身を包み込んだ。


「止めるっすよ!」


まほろちゃんの氷の剣でも傷付けられなかったあの魔獣の突進を彼は止めると言っている。

いくら防御力が高いとはいえ、あの速度で迫ってくるものを止めきれるものかは未知数。

もしも止めきれなかった場合、あの土の鎧が負けた場合、茂明君自身も無事では済まない。

私だったら間違いなくあんな無謀な事はしないだろう。


「えっ!」


しかし予想に反して魔獣の方がそれを嫌った。

突進をやめて再度上空へと昇ると、空から氷の雨を降らせる。

尖った氷柱つらら状の氷が、数十本という数で私たちの元へと降り注いだ。


私と美沙羅ちゃんの前に立った神君が空に手を翳すと、その氷達は壁にでもぶつかったかのように空中で砕け散る。

彼が今やってのけた技がどういうものなのか私にはよくわからないが、やはり彼は普通ではないというのは何となく感じた。


「一旦下がるぞ、森まで走れ」


「ここで逃げろと言うのか。僕にはそんな事は出来ない」


「そうだぜ神!やられっぱなしはムカつくからな!このままぶっ飛ばしてやろうぜ!」


「別に逃げる訳じゃない。相手の攻撃を一時的に封じるだけだ。それに狙われてる上隠をこのままの状態にしておくのが最もリスクが大きい」


美沙羅ちゃんは自分の傷を癒す事が出来ない。

攻撃を受けて怪我をしたら私達にはどうする事も出来ないのだ。

最悪私達は怪我をしても美沙羅ちゃんに治してもらえるという安心感がある。

だから美沙羅ちゃんを守るのが私達にとっての最優先事項だ。


「ミサちゃん!走るよ!」


「え、あ、はい~!」


私は美沙羅ちゃんを連れて森の方へと向かい走り出す。

それに続いてまほろちゃん、茂明君も私たちの後を追った。


「OKわかったぜ神!一時退却だ来栖!」


「チッ、仕方ないな」


最後に残りの三人も森へと向かう。

もちろん魔獣がそれを黙って見逃す訳はない。

大きな咆哮を上げ、先頭を走る私たちの元へと急降下を始める。


「ダメ!追いつかれるわ!」


「そんな事は僕がさせない」


来栖君の魔術により上方向への強い風が発生し、降下中だった魔獣は風をコントロール出来ずに不安定に体を揺らした。

体勢を立て直すために一度上昇した事で、私たちの元への到達を諦めた魔獣はそのまま空中へと戻る。


その隙に私達は森の中へと駆け込んだ。












―――「くっ·····。なかなか面倒な相手だ。そこそこ頭は使えるな」


「苦戦中といったところですか?」


「さすが篝霧也の贔屓にする71組。個々の能力もそれなりに高い。しかし苦戦とは言い難いよ。森の中に隠れれば安全だと誤解しているようだ」


「そうですか。では決着を少し急いだ方がいいかもしれません。この距離で魔獣の遠隔操作を行っている訳ですから、会長の体への負担が心配です」


「それは自分が一番わかっているよ。心配しなくていい。すぐに終わる」

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