第21話 人の上に立つ者
―――赤い髪のツインテール、その髪を結っているリボンの紐が腰元まで伸び、歩く度に風に揺れ生き物のように泳ぐ。
八目学園の制服を着こなし、膝上のスカートから覗く白い足が印象的な女子生徒。
その制服の右腕に腕章が巻かれ、そこには『Z生徒会』と書かれている。
表情は無表情、しかし吊り目である為まるで睨んでいるかのような印象を受ける。
彼女が今やってきた場所は、教員用宿舎13。
教員用の宿舎に生徒がやって来る事は稀で、彼女がその場所へ来るのも傍から見れば不思議な光景と言える。
特に特筆すべき点は、教員用宿舎13という点だ。
大量の生徒を抱える八目総合学園、その教員となる数も通常の学校とは桁違いに多い。
故に教員用の宿舎も学生寮同様に多く点在してはいるが、その中でも教員用宿舎13は他の宿舎とは全く違う造りをしている。
そこはまるで一つの屋敷といった外観で、他の宿舎は高さがあるのに対し、この13だけは二階建て。
住んでるのは数人という、明らかに他の宿舎とは異なっている。
そんな異質な場所に彼女は足を踏み入れる。
入口の自動ドアをくぐればまるでホテルのロビーのような吹き抜けが出迎え、メイド服を着た従業員とでも言えそうな女性が笑顔を振りまく。
礼儀正しく一度深くお辞儀をして、特徴的な翡翠の目を真っ直ぐに彼女へと向けた。
「学生ナンバー153632、
丁寧に案内してくれたその女性に何の言葉も返さず、言われた通りに階段を登った彼女は、真正面に見えてきたバルコニーでタバコをふかす篝霧也を見つけるなり目を細める。
タバコの臭いに嫌悪感を示しながらも彼女は篝の元へと近付く。
「で、俺に何の用だ?わざわざ生徒会長がここに出向くなんて事は俺の知る限り初めてだと思ったが?」
「そうですね。尋ねたい事がありまして」
天知時雨はZクラスの生徒会長。
二千人と言われるZクラスのトップで、それに伴い実力もトップクラス。
魔力値は全校生徒の中で最強レベルと言われている。
「Zクラス71組の人達をどこへ連れていったのですか?」
「ふぅ、それに答える必要はないな」
「何故ですか?理由を教えてください」
「逆に何故俺がお前みたいな一生徒に対して、仕事内容を開示する必要がある?生徒会長だからといってなんでも教える訳じゃない」
「本来するべきではない事をあなたが独断で行っているのなら、これは生徒会長としてではなく、一生徒として見過ごせない案件だと判断しました。あなたの行動や言動は以前から教師として度が過ぎている事が多いようですので」
篝に返す言葉は皮肉を込めたものであり、そのあまりの出来に篝も思わず笑ってしまう。
「教師として、というのは確かに受け止めておく。だが俺は71組を一任されている身でね、お前に俺をどうこうしようとする権限はない」
「公聴会にて主張する権利はありますので。この場合、あなたは私から裁かれなくても上から裁かれる可能性はあります」
「好きにしろ。別に俺は構わない」
その反応に苛立ちを覚えた時雨だったが、それを決して表には出さず無表情を保つ。
「あなたの事については今は保留にしておきます。これは私個人の質問ですから」
少し間を空けてこの場の空気を仕切り直した時雨は、その目をさらに細めて事の本題を切り出した。
「あなたが贔屓にしている71組、この過ぎた優遇は目に余るところです。他のZクラスからも不満の声が多数上がっています。生徒会長として、Zクラスの代表としてこれに関する説明を要求します」
生徒会長は全校生徒の代表。
八目総合学園では
Zクラスに於いて著しく風紀を乱す、或いは他者に危害を加える場合のある者に対し魔力の行使が許可されているのだ。
その為、Zクラス生徒会長は一目置かれる存在として君臨している。
「71組は他のクラスに適応出来ない、溢れた者を集めただけのクラスだ。それ以外の理由はない」
「71組のみ校舎が独立し、寮も特別仕様。グラウンド、その他施設も特別に設けられている。これは明らかに他のZクラスとは異なっています。それだけの説明では誰も納得出来ません」
「この建物を造ったのも俺じゃないし、こういう仕様になったのも俺がやった事じゃない。俺はここを担当になった、ただそれだけだ。何度も言うがそれ以上の理由はない。いくら追及したところで何も出ないが、この生産性のない会話を続けるか?」
「つまりあなたは何も知らないと、そういう事ですか?」
「あぁ、そうだな」
「そうですか。わかりました」
彼女は一歩距離を取り、軽くお辞儀をする。
「失礼します」
踵を返し、背中を向けた時雨は相変わらず無表情のままその場を去っていく。
その背中を見送った後、篝は思わずため息を吐いた。
「あらあら大変そうねぇ?生徒から脅されるなんてどれだけ日々の行いが悪いのかしら」
一部始終を目撃していた如月月夜は他人事のように嘲る。
「こういう役回りはお前に任せたいんだがな」
「それは無理ねぇ。あなたの方がずっと目立っているんだもの」
「そんなつもりはないんだが」
「それで、結局どうするつもり?あの生徒会長ちゃんがこのまま引き下がるような人間には見えないわよ?」
「どうもしないさ。だがもしも一線を越えたなら、その時は·····」
タバコを消し、バルコニーから外を眺めるその目は、いつかの公園で那月に見せたものと同じだった。
「俺が始末する」
外に出た時雨、彼女の帰りを待っていたように木の影から一人の男が姿を現した。
その男は長身細身で、細い目が優しそうな雰囲気を醸し出し、フチなしの眼鏡が良く似合う。
肩にかかる程の艶やかな黒髪が中性的な印象を持たせている。
「会長、どうでしたか?」
そう聞かれた時雨は鼻で笑う。
自分の力不足を嘆いたという訳ではなく、彼女はある結論に到達していた。
「話にならなかったよ」
「そうですか、それは残念です」
「しかしここに来たのは無駄ではなかった。新しい目標が出来たからね」
そう言った後、堪えきれずに時雨は笑い出した。
その狂気じみた笑い声は夜闇に不気味に響く。
「潰すぞ、71組を」
男もそれを待っていたかのようにニヤリと口端を吊り上げた。
「仰せのままに」
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