第20話 無人島の夜①

―――来栖君の力を借りて私たちはある程度の食料の調達に成功する。

私も同じ風の魔術士だが、タイプが異なる為、その使用方法も全く違う。

来栖君のタイプは遠隔、自分から離れた場所に風を発生させるのを得意としている。

篝先生に使ったあの竜巻もまさに来栖君の得意分野なのだ。


神君が言ったように、来栖君の魔術はこういう場面では非常に役立つ事はこの目で見て確かめた。


海中に風を起こし、泳いでいる魚を巻き上げれば釣竿も要らない。

一匹一匹と地道に確保する必要もない。

浜では風で砂を巻き上げ、埋まっている貝を掘り起こすことも造作もない。

さらに森では、高所の木の実を風で落とす事も可能。

風の遠隔魔術士の有能性は群を抜いているとも思えた。


「あのおっさん、本当にバカンスさせる気か」


コテージの中にはまだまだ色々な物があり、バーベキューしろと言わんばかりに鉄板や網も置かれている。

しっかりとコップやら皿なんかも用意されていて、全員分の着替え(ジャージ)まで押し入れにしまってあった。

料理用のまな板や包丁、さらに塩コショウ、醤油もさり気なく準備されていて、食材と飲み物さえあれば凌げるくらいのレベルである。


「なんか楽しくなってきたね!」


一番苦戦しそうな食料調達という部分を克服した私たちにとっては、見たところ三日間過ごすのにさほど苦しむ事はなさそうだ。

そう考えると私の心はいつもより高鳴る。


ここは無人島、誰も邪魔する人はいない。

夜まではしゃいでもいいし、クラスメイトとこんな風に一緒に過ごすなんて事は初めてだ。

私達の好きなように、私達の思うがままいていい場所。

テンション上がらないわけがない。


「呑気な奴だなお前も」


テンション上がっている私を後目に、神君は見事な手つきで魚を捌いている。

その華麗な技は、私にはとても真似出来ない。


「そうかなぁ?でも篝先生は、あくまでこれはバカンスだって言ってたし。みんなでキャンプしてるみたいで楽しいなって思うんだよね」


「あのおっさんが本当にそんな事をするとは思えないが。何かしらの目論見があるはず。この合宿が終わっても結局わからないかもしれないけどな」


「考えすぎだよきっと。神君もどうせなら楽しんで過ごした方がいいんじゃない?楽しめる時に楽しむ、いつか楽しめなくなっちゃうかもしれないし。今は余計な事を考えるより、目の前のこの自由に身を委ねてさ」


「·····そうだな。あまり深く考える必要もないか」


捌かれた魚を持ってコテージから外へ出れば、太陽はもうビーチの向こうへの海へと溶け出していた。

その光は空を焼き、雲を赤く色付け、景色は心を奪われる程の美しい夕焼けとなっていた。


火をつけるのに必死だった涼平君は額の汗を拭き空を見上げ、涼平君が火をつけるのに手間取っている事に文句をつけていたまほろちゃんも口を噤んだ。

ビーチで貝を取っていた茂明君もその手を止め、近くの岩場に座って腕を組んでいる来栖君も、取ってきた木の実をつまみ食いしていた美沙羅ちゃんも空を見上げる。

そして私と神君も足を止め、そのあまりに美しい光景を眺めていた。


「すごいっすね~!こんなに綺麗な夕焼け久しぶりっすよ~!」


「確かにこんな夕焼けは滅多に見れるものではないね」


茂明君は単純な感想を述べ、それに乗っかったのはあの来栖君。

来栖君がこんな風に普通に喋る事自体が珍しいのだが、周りのみんなはそれを気にする様子もない。


「赤いですねぇ~!真っ赤っかですねぇ~!ミサはこの空大好きですぅ~!」


美沙羅ちゃんは木の実を咥えたままビーチの上を駆けると、楽しそうに両手を広げてクルクルと回ってみせる。

西日に照らされ影となったその姿もまた絵になる。


「ミサちゃん俺も混ぜてよー!いやっふぅぅーー!」


いても立ってもいられなくなった涼平君もビーチの上を同じように駆けだした。

その姿を見て両手を腰に当ててため息を吐いたまほろちゃん。


「相変わらずね、どこに行っても」


けれどその顔は少しだけ緩んでいて、本気で呆れているわけではないというのがすぐわかる。


「この景色を見れただけでもここに来て良かったって私は思えるよ」


圧倒的な夕焼けの下、何もかもを忘れてしまえるような素晴らしい景色に包まれ、その場にいた誰もが優しい気持ちになる。


「そうだな。これも悪くないな」


その時、Zクラスに入って初めて全員が繋がったような気がした。

このまま時が止まればいいのにと本気で思えた。

しかし時を止める事はもちろん出来ないので、すぐにその夕焼けの時間も終わり、空には早くも星達が瞬き始める。


程なくして周囲は闇に包まれ、燃え上がる炎だけがこの島を微かに照らす。

その炎に焼かれた魚達が香ばしい匂いを漂わせると、私のお腹はグゥ~とやる気のない音を上げた。


「いただきます!」


焼かれた魚を食べてみると、普段家なんかで食べている焼魚とは別格の味わいである。


「美味しい~!こんなに美味しい焼魚食べたの初めてかも!」


恐らくは今の私のコンディション、特別な状況下に於いての食事だからこそ一層美味しく感じているのだろう。

お祭りに行った時に食べる焼きそばと同じようなものだ。


「くぅ~!最っ高だな~!染み渡るぅ~!」


「うん、美味しい。ご飯が欲しいところね」


「間違いないっす!白いご飯欲しいっす!ホッカホカの炊きたてのやつっす!」


「ミサはご飯よりも~、ラーメンがいいなぁ!太麺の~油ギトギトの~味濃いめ~!」


夜空の下、炎を囲んで他愛ない会話を楽しむ、それはなんて贅沢な時間なのだろう。

そんな中で一人だけ食事に手をつけていない人物がいた。


「·····」


「どうしたの来栖君?食べないの?」


来栖君は自分の皿に置かれている焼魚を見てはいるが、それに箸をつけるのを躊躇っている様子だった。


「僕の家ではこんなに侘しい食事をした事はない。僕がそこまで堕ちてしまった事が少し悲しくなったというか、情けないというか·····」


「何言ってるの来栖君。豪華な食事よりも、楽しい食事の方がいいじゃん。私は堅苦しいのよりは、こんな風にみんなでワイワイしながら食べる食事の方が好きだなぁ」


「食事が·····楽しい?それは考えたこともなかったよ·····」


どうやら来栖君は私とは違い上流階級の人間のようだ。

育った環境が違えば見え方も違う、きっと彼と私とではあらゆる物の見方が違うのだろう。


「那月がそう言うのなら、僕も楽しい食事というものを知ってみようか」


来栖君の中で私の株がそんなにも上昇してたのかと少し驚きだが、彼は綺麗な箸の持ち方で焼魚を皮を剥いで身を口にする。


「·····改めて味を実感するとこんなにも優しい味わいだったのか。僕もまだまだ学ぶ事が多いみたいだ」


「悪くないでしょ?こういうのも」


「·····確かにね。今はそう思えるよ」


あれだけ素直じゃなかった来栖君が、今や人が変わってしまったかのように周りの事を受け入れている。

彼はここに来て何かを見つけたのかもしれない。


「篠舞、ちょっといいか?」


「え?うん、どうしたの神君?」


魚を綺麗に食べ終えた神君が珍しく私に声をかけてくる。

あまり話しかけられた記憶はないのでどんな話かと思ったら、すっかり忘れていた。あの大樹の時に私は見ていたのだ。


「木がない所ってのはどの辺りだったか覚えてるか?」


「えっと、八目島と反対側だったから·····北方向なのかな?あっち側だったはず」


「そうか、やはり確かめておくべきだろう」


「神君、もしかして·····」


「あぁ、例の温泉かどうか」

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