第18話 颯馬来栖①
―――颯馬来栖は絶望した。
理由は単純で、今の自分の非力さが悔しかったからだ。
ありえない状況下に置かれて、自分の持っていた自信をも砕かれ、それに何の反抗も出来ない。
全てされるがまま押し付けられ、かと言って逃げ出す事も出来ないとくれば彼にとっては拷問と同じ。
「なんで僕がこんな目に·····!」
苛立ちを隠す術も知らず、他人を蔑む事でしか自己を表現出来ない不器用な少年には、この現実を受け入れる事なんて到底出来なかった。
だから否定する。
間違っているのは世界の方で、自分は正しいのだと信じる以外、もはや自分を守る手段がないからだ。
故に少年は孤独。
孤独である事が彼の唯一の選択であり、それはこの先も決して揺るがない。
孤独と共に生き、孤独のまま死ぬのだと。
少なくとも彼の中ではそうなるものだと思っていた。
この日、この時までは。
彼がクラスメイト達と別行動をとってからもう五時間程が経過し、太陽もゆっくりと西側へと落ち始める。
あと二時間もすれば日が暮れると、彼も十分に理解していた。
この離島に接岸した場所から南側に島を四分の一周程の場所、倒れた木の幹の上に座ったまま、彼は海の向こうに見える八目島を睨み付けるように見つめている。
様々な思いが交錯して迷走し続けている自分を受け入れられず、あれから五時間もの間この場所でひたすら葛藤し続けていた。
そんな彼の足を動かしたのは当たり前の衝動、空腹と乾きだった。
(水を探すか·····)
彼の主属性は風。
水の魔術はまともには扱えず、自ら精製する事は困難に近い。
彼はそれを理解しているので自分で水源を見つけなければならなかった。
ようやく重い腰を上げ、背後に広がる鬱蒼とした森を見て頭を抱える。
この森の中から水源を探すなど途方もない作業になるというのは一目でわかる。
既に喉は乾いてしまってる上に、空腹という現状でこの森をどれだけ歩けるのか。
加えて彼にはサバイバルの知識など全くなく、まさに右も左もわからないといった状態。
(どうする·····か)
彼に残されている選択はあまり多くない。
このまま森に入って水源を見つけるか、他のクラスメイトと合流して水属性を持つ人物から分けてもらうか。
しかし後者は彼のプライドが邪魔をする。
あんな別れ方をした手前、今さらノコノコと姿を現すなんてみっともない真似は彼には出来なかった。
(水源さえ見つければいい·····。食料はなくても生きられる)
彼が選ぶのはそれでも前者。
プライドの為に死の確率すらある前者を選択するその思考は常人には理解し難い。
彼はそうやって生きてきた。
それ以外の生き方を知らないのだ。
覚悟を決めて森へとその足を一歩踏み出した時、彼の耳に聞こえてきたのは自分のものではない足音だった。
「誰だ!?」
咄嗟に音のした方向へと体を向け、流れで魔術を使える体勢をとる。
体に染み付いてしまったその行動は、このZクラスで訓練されていたからだという事を彼自身は気付いていない。
「あ、やっと見つけた!」
そんな声を上げて姿を現したのは、さっぱりとしたショートカットがよく似合うクラスメイト篠舞那月だった。
那月は来栖を見つけるなり喜んだ様子で一気に距離を詰めるが、来栖がそれを許さない。
「来るな!何しに来た?」
「え?何って、心配だったから探しに来ただけだよ?」
「頼んでない。僕は一人でいい。放っておいてくれ」
「ねぇ、いつまで拗ねてるの?」
那月の発言に苛立ちを募らせた来栖は語気を強める。
「拗ねてない!僕は·····!僕は·····!」
「僕は?」
彼はその先の言葉に詰まる。
何も言い返す言葉を持っていなかったからだ。
自分が何をしたいのかわからない。
言い返せない自分にムキになり、湧き上がった言葉を言い放った。
「僕は·····君達といたくない。邪魔なんだよ。仲良しごっこになんて付き合っていられない」
「ふーん」
来栖が苦し紛れに言った言葉を意に介さない那月。
「ま、仲良しのふりなんてする必要ないよ。そんな事は誰も強要してないし。別に来栖君をどうこうしようって訳でもないし」
「ならなおのこと放っとけばいい。僕に構う必要なんてない」
「そういう訳にもいかないでしょ。人手が少ないんだから来栖君も必要なの」
「僕が居なくても問題ない。むしろいない方が食い扶持が減って楽になる」
「残念だけど食料はそもそも用意されてなくてさ。自分達で調達しなきゃいけないんだよね。私がもっと魔術を上手く使えればいいんだけど·····。来栖君は私よりもっとすごい魔術士なんだよね!だから力を貸してほしい!お願い!」
頭に上っていた血が一気に冷めていく。
(僕が·····必要·····?)
こんな風に懇願された事、自分が必要とされた事など一度もなかった来栖は、初めての経験にただ戸惑うしかなかった。
自分を利用して他の人を助けようとしているのはわかるが、その代わり水源の確保、知らない知識を得られる事、それは来栖にとっても必要な事であった。
意地を張り続けて自分を追い込んでしまったのはいつもの事だが、ようやく冷静になって今を見つめ直し始める。
不本意とはいえ、結局この島で丸三日過ごさなければならないのであれば、その間だけでも協力して生き抜いた方が賢い選択。
こんな場所で飢えて乾いて、もし死ぬ事になってしまったらそれこそ惨め過ぎる。
(この僕がこんな所で死んだら笑いものか·····。だったら仲良しごっこに付き合ってやった方がまだマシなのかな·····)
頑なだった彼の意志が、那月の簡単なお願いに僅かながら動き始めた。
「·····そこまで言うなら協力してあげてもいい·····」
「ホント!?ありがとう!」
体で喜びを表現した那月の姿を見て、照れくさくなった来栖は顔を逸らし慌てて言葉を繋げる。
「べ、別に君達の為じゃない!僕が生き残る為にそれが一番簡単だと判断したに過ぎない!だから勘違いするなよ!」
「へへっ。なんか来栖君可愛いね」
「だ、誰がっ·····!」
顔を真っ赤に染めながらも否定しようとした来栖だったが、彼女が自分の腕を掴んだ事でその言葉は止められてしまう。
「さ、行こう!」
そんな那月の行動に虚をつかれた来栖、らしくもなく心音は高鳴ってしまっていた。
(この人は·····)
来栖にとって今まで出会ってきた人と明らかに違ったのは、自分のパーソナルスペースに簡単に踏み込んできた事。
そして自分がそれに対して不快感を感じなかった事。
それはとても不思議な感覚だった。
他人を拒絶し続けてきた自分が初めて人を受け入れていたという事実。
しかも相手はまともに会話すらした事のなかった人物。
「·····う、うん·····」
彼はその手を振りほどこうとはしなかった。
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