第15話 五十鑑神②

「ねぇ神君、情報収集ってそんなに大事なの?」


私のそんな発言にわざとらしく呆れたようなため息を吐いた神君。


「お前はルールも知らないスポーツをいきなりやったりするのか?」


「それは·····やらないけど」


「明らかに勝てない相手と戦わなきゃいけない状況に置かれた時、相手の弱点を知ってるのと知らないとでは勝率も違うだろ」


「そうだけど·····」


「俺達が無人島に流れ着いて何とか生き延びようとするなら、島の全容を知っていた方が生存率は上がる。湧き水や食料を見つけられるかもしれないし、助けを呼ぶ為の手段が見つかるかもしれない。島の反対側からは対岸が見えてる可能性だってある」


「うぅ·····」


「無知こそ怖いものはない。追い詰められた状況こそ冷静に分析し行動する。劣勢を覆す発想はそこから生まれる」


とてつもない説得力に反論の余地もない。

神君は私が思っていたよりもずっと先に行っている気がする。


「ま、これはあのトンデモ教師の受け売りだが」


「トンデモ教師って篝先生の事?」


「あぁそうだ。おっさんは俺の父親代わりだったからな」


「え·····?」


「身寄りのない俺を引き取って育ててくれたのが篝霧也なんだよ」


会話の最中、想定外のカミングアウトを自然の流れで言うものだから私は心底驚いている。

この一ヶ月誰からもそんな話は聞いていなかったし、篝先生本人からも聞いていない。

そもそもあんまり人に話すような話でもないから仕方ないかもしれないが、あの篝先生が父親をやっているというのが想像出来ない。


「父親代わりって、神君の両親は·····」


その質問をするのは正直どうかとも思ったが、この先同じ様なシチュエーションがあるとは限らないので聞けるうちに聞いといた方がいいと判断し、私はさらに突っ込んだ質問をした。

彼は背中を向けているのでその表情を知る事は出来ないが、言い淀むことなく淡々と答えてくれた。


「俺の本当の両親は死んだと聞いている」


その言い方はあまりに歯切れが悪い。

こういう言い方をされれば引っかからない訳がない。


「聞いてるって·····」


「両親を覚えてないんだ。それどころか子供の頃の記憶は全部なくなってる。生まれ育った場所すらも何もかも記憶から消えている。覚えてるのはこの島に来てからの記憶だけだ」


壮絶。

何があったのかは私にはわからないが、子供の頃の記憶がごっそり抜け落ちているなんて人は見た事がない。

故にもはやなんて言葉をかければ正解なのかもわからない。

わからないが、それでもやはりこの五十鑑神という人間に強く興味を引かれる。


「少しも?ほんの少しも思い出せないの?」


「途切れ途切れで、繋がりもしない一コマなら断片的に残ってはいるが、それを手がかりにするには難しいだろうな」


「思い出したいと思わない?その記憶」


「思い出したい気もするが、今は思い出さない方がいいんじゃないかとも思っている」


「どうして?」


「記憶が無いからといっても別に今は困ってはいない。このZクラスは俺にとっては比較的心地いいとさえ思ってる。というか·····」


神君は振り返って苦笑する。


「こんな話聞いて楽しいか?」


「え?うん、楽しいっていうか、興味あるよ」


「やっぱ変な奴だな」


普段からあまり笑顔を見せない神君だが、ほんの少しだけ口元を緩めた事で、いつもの近寄り難い空気は和らいだ気がする。

もしかしたら僅かに私と彼との間が縮まったのかもしれない。


「お前、風で飛べるか?」


「え!?飛行は無理だよ全然」


「それはわかってる、ジャンプ出来るかって事だ」


「あぁそれならある程度行けると思うよ」


この一ヶ月頑張って訓練して、一応魔術を多少コントロール出来るようにはなっていた。

風を憑依して、身体能力を向上させるのが私の一番得意分野。


「あの木を登れるか?」


そう言って神君が指さす先には、神社なんかでたまにお目にかかる様な立派な大樹が聳え立っていた。

周辺の木のサイズとは明らかに一線を画す程の幹の太さと高さを持ち、その枝の先に茂る緑は周辺を覆い隠す。


「すごーい!」


その根も太く地面をうねり、その周りでは畏れ多いと言わんばかりに他の木々も育たずに開けた空間が出来ていた。

まるで別世界、ゲーム内の世界樹のようなものを現実に目の当たりにしているかのような荘厳な風景に私の胸は高鳴る。


「見たところこの辺りが島の一番高い場所だろう。空から島を一望出来るのはあの木がうってつけだ」


「て、あの木を一番上まで登れって事?」


「出来ないのか?」


高さは15m近くありそうなその木を私が登る事を想像してみる。

頂点まで入れれば4階建てくらいの建物の高さになりそうで、万が一そこから落下したとしたら十分死ねる。

幸い幹には所々に足場となりそうな部分が存在しているので、そこを伝っていけば登り切れそうではあるが。


「わかった。やってみるよ!」


少し怖いが、役に立たない自分にも何か出来る事があるのならと私は登る決心をする。

風の魔術士、しかも憑依タイプの私ならまさにうってつけの役割だ。


「おい、あんまり無理するなよ。足を滑らせて落っこちたりしたら笑い事じゃ済まないからな」


「OK!任せといて!私運動は得意分野なんだから!」


運動が得意なのは本当で、子供の頃は近所の男の子たちと木登りなんかも結構していた。

女子らしい遊びよりも体を動かしている方が昔は好きだった。

もちろんその頃よりは女子意識は強くなってはいるが、今でも体育は得意分野。


大丈夫、私ならやれる。

自分にそう言い聞かせて、目の前に聳え立つモンスターに挑む事となった。

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