第11話 BKS③

その人物はまるで私を殺そうとしているかのような鋭い視線を向け、くわえているタバコをより強くふかす。

今まで見てきたその人の姿とは似て非なるもの。

虚ろな黒い瞳からは脅しめいた威圧感を感じ、私の背筋に悪寒が駆け抜けていった。


「え·····篝先生·····?」


「何しに来た?」


私が戸惑っている事など無視して、篝先生はもう一度同じ事を聞く。

周辺に人がいる事で恐怖感はいくらか和らいではいるが、それでも隠しきれない不穏な空気というものは私にもわかる。

言葉を出す事すら躊躇う、間違いは許されない、その言葉の中にそんな意味が込められているような気がして冷や汗が頬を伝った。

嘘をついてもバレると直感が告げている。


「えっと·····あの日の事を思い出したくて·····」


絞り出した言葉に嘘はない。

声が少し震えてしまったのが自分でもわかる。

この発言は篝先生にとって正解だったのだろうか。

もし間違ってたとしたら先生は私をどうする気なのだろう。

時間が経つのが異様に遅く、篝先生が口を開くまでの間に心音だけがやけに強く私の耳に届いていた。


「思い出してどうする?」


「特に理由は·····ないですけど·····。かなり朧気で、ここに来れば何かわかるかと思いまして·····」


篝先生はタバコを手のひらで燃やし尽くした後、私の元へとゆっくりと歩み寄る。

月明かりがやけに青く先生の顔を照らせば、まるで血が通っていない別の生物にすら感じられる、それ程今の彼の姿は不気味であると言わざるを得ない。


「もう時間も遅い。さっさと帰れ」


「は、はい·····」


その言葉に逆らう事は出来なかった。

諭された訳ではなく、命令されたというのがきっと正確な表現。


「それと、もうここへは来るな」


私は逃げるようにバイクへ跨り、そして篝先生に軽くお辞儀をしてすぐにその場を後にする。

バイクへ乗りながらも脈打つ心臓の鼓動が一向に鳴り止まなかった。


何が起きたのか、よくわからない。

どうして私はこんなにも恐怖しているのか。

あんな場所で殺されるなんてある訳がないのに。

しかもうちの担任が殺しにくるなんて絶対ないのに。

なんで私はあんなにも恐怖してしまったのだろう。


【君は特別な人間だという事】


涼平君が言ってた言葉が脳裏を過ぎる。

もしかして涼平君の推測は本当に的中しているんじゃないのか。

私だけじゃなく、あのクラスの人間は何か特別なのではないのか。

バイクのグリップを絞りながらもそんな事を考えてしまうのは仕方のないこと。

先程の経験をすれば誰だってそうなる。

しかし考えても考えても答えにはたどり着けない。

私は答えを知らないし、答えにたどり着くヒントもほとんどないのだから。












―――那月がバイクに乗って去っていくのを見送って、篝霧也はようやく大きなため息を吐いた。

後ろ手に隠し持っていたナイフをコートの中にしまって、再びタバコに火を点す。

そんな篝霧也の顔を望遠スコープで覗いていた男は、スコープの取り付けられた銃身をようやく目標から外す。


「目標はBKSから離れました。篝霧也が説得した模様。撤収する」


インカムで通信した男は手馴れた手付きで銃を分解してケースへとしまうと、すぐにその場を去っていく。

篝霧也からはかなり距離が離れていたが、その銃口の存在にはとっくに気がついていた。


「はぁ、どうして俺はこんな仕事してるんだろうな····」


自嘲気味に後頭部をかきながら愚痴をこぼす篝。

そんな独り言を呟いてはいるが、その顔からは苦悩の面影は見て取れない。


「さて、どうしたものか」


満月の夜、篝の吐き出した煙が空へと溶けて消えていく。

月明かりの反射と、風に踊らされてやけに美しい青白い靄を篝はそのまましばらくぼんやりと眺めていた。

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