魔術合宿

第12話 バカンス?

私が編入して、もう一ヶ月が経過した。

時の過ぎるスピードはあまりに早すぎて、まだ女子高生の私でもついていけてないという有様。

そしてもう間もなく四月も終わり、五月になろうかというところ。

世間で言われるところのGW、即ちゴールデンウィークがやってくるのである。

結局のところゴールデンウィークがあったところで私達はこの島から出る事が許可されてないので、休日を楽しむ事なんてたかが知れている。

バイトも出来ないZクラスなので、ゴールデンウィークの連休で何をすればいいのかわからない。

そんな事を薄々考えてはいたが、まさかZクラスにゴールデンウィークなんてものがないとは思わなかった。


「今日からここで三日間を過ごすから覚悟を決めろよ」


それが担任篝霧也の発言。

私たちが突然連れてこられた場所は離島。

何の事前通告もなしに、船に乗せられ辿り着いた自然豊かな小さな島。


「嫌だね。僕は降りさせてもらう。こんな話は聞いていない」


年下だけど偉そうな金髪の少年、相馬来栖そうまくるすが眉を顰めてあくまで偉そうに拒絶する。

だがもちろんそんな少年の言葉に聞く耳を持つはずがない篝霧也という頭のおかしいうちの担任。


「お前の意見は聞いてない。もう決まった事だ。拒否権はない」


「そんなのはこの僕が認めない。やりたくない事を強要させるなんて、あんたみたいな一教師にそんな権限はない」


「どちらにせよもう道はない。これからここで過ごす事になるが、自分で何とか出来ないなら周りの人間と協力するしかないだろうな」


正直、私もどういう事なのかよく理解出来ていない。

周りには緑が覆い茂り、どこからともなく野生動物の声が聞こえている。


「ここはZクラスの管理区域にある無人島。お前達にやってもらう事は一つだけ。三日間ここでバカンスを満喫してもらう」


「バカンス!?」


「という名の合宿といったところかしら?」


バカンスという四文字に踊らされた私と冷静に現状を分析したまほろちゃんとでは解釈に大きな差が出る。


「合宿!強化合宿っすか!?おおぉぉ!盛り上がってきたっすよぉっ!」


「合宿かぁ。なんか初めてでドキドキしちゃいますねぇ。でも合宿ってなんですかぁ?」


いつもニコニコしてる体の大きな後輩、七草茂明ななくさしげあき君は合宿という単語に異様に燃え上がり、いつも眠そうにしている上隠美沙羅かみがくれみさらちゃんはそもそも言葉を理解していない。

金髪の偉そうな来栖君は不貞腐れたように腕を組んでこめかみをピクピクと痙攣させていた。


「合宿じゃない。これはバカンスだ。ここで何か特訓しろとか、ノルマを達成しろとか、そういうのは一切ない。三日後に迎えに来るまでここで過ごせと言っているだけだ」


「え、それじゃあマジでバカンスなの!?うひょー盛り上がるぅ!」


全身で喜びを表現する涼平君と、その姿を滑稽だとでも言うような白い目で見る神君。

神君は理解しているのだろう、これは何か意図があっての事だというのが。


「ただし先に伝えておくことがある」


その言葉を聞いてやっぱり単なるバカンスじゃないというのが何となくわかってしまう。

そりゃそうだろう、修学旅行だって研修、見学という名目があるのだ。

篝先生が関わっているのだから学校の行事として何かの意図があると考えるのが普通だろう。


「この島にある建物はコテージが一つだけ。大部屋一つとトイレのみだ。トイレだけ水は流れるが、水道もガスも電気もない」


一同驚愕である。

そんな私たちの反応を楽しむかのようにさらに篝先生は続ける。


「温泉は湧いている所があるぞ。この島のどこかにな。それを探すのが重要かどうかはお前ら次第だ。その他、生きる為に必要な知識はコテージにある」


「え!?待って待ってタイム!何それどういう事?俺たちここでサバイバルするの?」


「さっきから言ってるだろ。バカンスだ。お前らがそれをサバイバルだと思うならそうなのかもしれんがな」


一気に静まり返った一同。

想像もしていなかった展開に頭がついていかなくなっているというのが正直なところ。


「やはり認めない。こんな事が許されていい訳がない。そもそも事前通達もなしにこんな事をするなんてバカげている」


「なんだ颯馬、お前、先に言ってたら参加したのか?」


「する訳が無い。こんなくだらない事をやって僕に何の得がある。時間の無駄だし、何よりこんな底辺の生活を強いられるなんて僕には耐えられない」


「ふん、だろうな。あとは頑張れよ」


適当にあしらって背を向けた篝先生の行動に怒りのボルテージが限界を超えてしまった来栖君は、いよいよ肩をワナワナと震わせて奥歯を噛み締める。


「おい!」


その瞬間に空気の振動のような感覚をここにいるみんなが感じ取っていた。

これは魔力波動と呼ばれるもので、魔力を使用する際に発生する波動であり、言わば波紋のようなもの。

魔力を持つ者にしかその波動を感知する事は出来ず、魔力を持つ者は大小の差はあれど例外なくこれを有している。


「やめろ来栖!」


涼平君の声など全く耳に届いていないようで、その魔力により周辺の風がざわめき立つ。

背を向けたままだった篝先生の周りに旋風が巻き起こり、やがてそれは長く伸びて小さな竜巻となった。

その小さな竜巻が篝先生を取り囲むように四つ形を成した所でようやく先生が振り向く。


「悪くない出来だ。20点」


そう言った途端、周囲の竜巻は突然消えてなくなる。

ある程度本気で力を出したであろう来栖君は、それを呆気なく打ち消された事で目を見張ったまま茫然自失とした様子だ。


「もしかしたらこの三日間でお前にも足りないものが見えてくるかもしれんな」


そう言い残していよいよ私たちを置き去りにしてこの島を去っていく担任教師。

無人島に生徒達を放置するなんて本当にどうかしてる。

プライドをへし折られてその場に立ち尽くしていた来栖君を心配した心優しい茂明君は、私から見ても逆効果とわかるような安っぽい励ましの言葉を言ってしまう。


「来栖君、きっと大丈夫だよ!いつかもっと強くなるよ!この島もきっといいところだよ!」


「うるさい!話しかけるな!」


そう言い放った後、彼は一人で勝手に歩き出す。


「え、ちょっと·····」


「ついてくるな!」


遠ざかる背中を追いかける事が出来ずに私達は立ち尽くす。


「あいついつもあーいう感じなんだよなぁ。どうにかならねーのかなあの性格」


「追いかけた方がいいかな?」


クラスの中でもいつも孤高といった雰囲気を纏っていた来栖君。

話しかけるなという攻撃的なオーラを出しているような印象。

この無人島でいきなり個人行動を起こした彼をこのまま放っておいていいのだろうかという不安はある。


「無駄よ。こうなったらしばらく一人にさせてあげた方がいいわね。その内戻ってくるでしょう」


「そう·····なのかな」


「人の心配よりも今は自分の心配をするべきだろう。どうやらここで三日間過ごさなければならないみたいだからな」


神君は誰よりも冷静で、早くもここで三日間を過ごす覚悟を決めているようだ。

来栖君の事は心配だが、確かに今は自分達が置かれた状況を把握するのが大切だという事に異論はない。


「じゃ、そのコテージを探す所から始めますか」


こうして私達の無人島サバイバル生活が唐突に幕を上げた。

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