第10話 BKS②
「那月ちゃん!」
その店に入って一言挨拶するなり、店主の奥さんが焼いている焼き鳥を放置して私の元へ走り寄ってきて、間髪入れずにそのまま抱きしめられてしまう。
「うぐっ!」
「良かったわぁ!那月ちゃん!会いたかったわよぉ!」
放置された焼き鳥の世話を阿吽の呼吸で店主がバトンタッチして事なきを得る、その店主であるおじさんの顔もすごく穏やかだ。
「すいません、怜子さん、透さん。色々と立て込んでたので顔を出すのが遅れてしまいまして。でもこの通りちゃんと生きてます」
「本当に死んじゃったと思って心配してたのよぉ~!」
その言葉が嘘じゃない事はこの抱きしめる手の力の強さとその涙を見れば誰だってわかるだろう。
たかが一人のバイトで、血も繋がってる訳じゃないというのにそこまで思ってくれていた事に私も目頭が熱くなるのを感じた。
「バカ、怜子。お前がそんな強く抱きしめたら那月ちゃん本当に死んじまうぞ」
「あぁ!ごめんなさいね!嬉しくってつい!」
「いえ、全然気にしないで下さい。私も二人に会えて嬉しいです」
「うんうん、よく来てくれたわね本当に。さぁ座って、久々にうちの焼き鳥食べてって。今日は全部店の奢りよ!」
「いえ、お金はちゃんと払います」
「いいのよ!ちゃんとまたこうして会えた事を祝福しなきゃね!」
なんて温かいのだろう。
それはまるで家族の温もりに近い。
長い事離れていると薄れてしまう家族といたあの感覚が今まさにここにある。
焼き鳥屋でバイトなんて高校生がやるような仕事じゃないかもしれないけど、人があんまりやらなそうな事をやってみたかった私が選んだのはこの『焼き鳥 暖』。
今となってはこの店を選んで良かったと心の底から思える。
「Zクラスになったらバイト禁止らしくて、ごめんなさい、もうここで働けないんです」
「いいのよぉそんなの気にしなくて。那月ちゃんが元気ならそれだけでいいんだから」
ここに来ると時間の経過すらも忘れてしまう。
仕事を終えて飲みに来る人や、美味しい焼き鳥を食べに足繁く通う人もいれば、人生に疲れて玲子さんや透さんに励まされたりする人もいたり。
沢山の人の人生の縮図、それがこの場所で交差しているような、見ていて飽きない場所でもあった。
「あ、もうこんな時間!そろそろ戻らなくちゃ!」
「そうかい、残念だねぇ。またいつでも来るといいわ。いつでも大歓迎だよ」
「ありがとうございます!本当にお世話になりました!また来ます!」
焼き鳥 暖。その名の通りとても暖かい店。
いつか未来、私もこんな風に店を出して、人が集まるような場所を作れたらいいなぁとか、そんな事を本気で思った。
気が付けばもう夜も9時を回っていて、夜空には大きな満月が顔を覗かせている。
行きは下りだったから早かったが、帰りはほとんどが上りなので結構時間がかかりそうだ。
そんな事をいくら考えても仕方ないので、とりあえずバイクに跨り帰り道を走り出す。
そして脳裏を過ぎるあの日の事。
バイトの帰り道、今と同じくらいの時間帯。
私が通った道はいつもと違う方向。
私はまるであの日を模倣するかのように全く同じルートであの場所へと向かった。
確かめたくなった。
あの日、私の身に起きた出来事を。
商業地区を抜け、すぐに住宅地に入る、それも抜けると段々と民家が疎らになっていく。
その道はひたすら上り坂、山の上へ上へと向かっていくとやがて見えてくる異質な光景。
八目島北側の連なる山の山頂付近に、それは今日も変わりなく突き刺さっている。
太古の昔、地球人類が宇宙へ進出するよりも遥か昔から、地球の衛星軌道上を周回し続けていたと言われる人工物体。
一体誰が何のために作ったのかもわからない謎の物体であり、50年前それが突如この八目島に落下し突き刺さったのだ。
その落下に示し合わせるかのように、世界中で魔力因子が発現した。
これはブラックナイトサテライト大変動と呼ばれる大混乱を巻き起こすこととなる。
今はそのBKS落下地点は半ば観光用に囲いがされていて周辺は公園になっている。
公園にはこの時期になると桜が咲いて、BKSと水平線と桜が一緒に映る絶景のフォトスポットとして有名になった。
その公園まで到着しバイクを停めた私。
ライトアップされている桜を見に来る観光客は一定量いるので、周囲には写真を撮っている人やらカップルやらが見受けられる。
以前私が来た時には全くと言っていいほど人はいなかったので、桜というものが人々にとって特別なものだというのがよくわかる。
私はバイクを降りて眼前に聳え立つ巨大な物体を見上げた。
高さは約40m、10m程は地面に突き刺さっているので全て合わせると50mにもなる。
形状は細長く引き伸ばした楕円形で色は漆黒。
物理的に突き刺さった状態であるならば、時と共に傾き、ついには倒れる事もあるはずなのだが、どういう仕組みなのかこのBKSは空間に固定されているようで、この50年の間に微動だにしていないというのだ。
人類最大の謎となっているこのBKS。
春休みに私はここで魔力暴走を起こした。
誰もいなかったはずのこの公園で、私は髪の長い少女を目撃し、直後に身体が熱くなり、その後の記憶は朧気である。
次に気付いた時にはもう病院のベッドの上だった。
あれは幻だったのか、単なる心霊現象だったのだろうか。
あれからここには一度も近付いていない。
単純に怖かったからだ。
心霊現象だったとしても怖いし、また何か異変が起きるんじゃないかという懸念もある。
しかしいつまでも避けているだけではわからない、意を決して私はここへ来る事にしたのだ。
「何しに来た?」
そしてそこには先客がいた。
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