第7話 主属性と傾向

降り注ぐ日差し、青一色の晴天、まだ四月だというのに気温は20度を超えて、私の肌にはじっとりと汗が滲む。

風もなく、日陰もないその場所は既に夏を感じさせるには充分と言っていい。


校舎に併設されているグラウンド。

私のZクラスの校舎はかなり控えめな大きさの建物なのだが、グラウンドは広く、一周走り回るだけで命が潰えそうな気さえする。

周囲には近代的な建物がいくつか建っており、確認はしていないが恐らくは体育館やプールみたいな施設だと思われる。


「あー、気持ちいい~」


三日間缶詰め状態だった反動で、この圧倒的な爽快感への感慨は想像を越えるものだった。

島に流れる独特の空気を肺一杯まで溜め込んで一気に吐き出すと、この島に生きてるんだという事を実感出来る。

空を優雅に飛んでいく鳥たち、その囀り、どこまでも続く青に溶け込んでいくような感覚。

五感で感じる全てが堪らなく愛おしい。


「おい篠舞、何してる、さっさと始めるぞ」


「はい!頑張ります!」


そのグラウンドの中心に立っている私と篝先生。

今から始まるのだ、魔術の訓練が。


「もう習ったと思うがお前はもう魔術士という称号を手にしている」


そう、私はもう魔術士となったのだ。

魔力覚醒した人達は皆、魔力を持つ者『魔術士』という称号を得る。


「ただしまだお前は魔術士としては下の下。見習いとも言えない、そうだな言うなれば魔術士足手まといといったところか」


「そんなにも!?」


「気に入らないなら訂正してやる。お前はクソだ」


「悪口っ!」


なんという教師だ。

初対面から思っていたが、よもやここまでだとは。

生徒をクソ呼ばわりとは懲戒処分ものだ。


「その汚名を返上したければ魔術を使いこなせるようになる事だな」


「勝手に汚名を着せといて返上するってのはなんだか色々と違う気がするんですけど!」


「まずは基礎からだ。お前の主属性を見極めるところから始める」


私の訴えを完全に無視して話を進める篝先生。

もし私のような寛大な心を持っていなかったら完全に誰かに刺し殺されてるよあんた。

なんて事を考えつつも今から始まる魔術訓練にワクワクしている自分がいる。


「主属性か、どうやればいいんですか?」


「イメージしろ。身体の中から湧き出すエネルギーをイメージしそれを形にしろ」


「え、全然わかんないんですが!」


「手を前に出せ。ひたすら集中し、イメージを投影させる。その手から何かが生まれるような、そういう感覚が魔術に変わる。魔術とは元々存在する元素から形を為す術。何も無いように見えて、そこには確かに存在している」


言われた通り両手を前に伸ばし、心を落ち着かせて集中する。


「何も無いように見えて確かに存在する·····」


そのイメージをより強く、鮮明に描く。

私というグラスの中には魔力という水が注がれている。

魔力暴走を体験したあの時、全身から自分自身が噴き出していくかのような感覚があった。

恐らくはあの感覚に近いのだろう。

それを全身からではなく、この手のひらから創造する。


ある、確かにここにある。

魔力が元素を呼び込む感覚。

全身の血液が脈打ち、心臓の鼓動すら自らが感じ取る。

湧き上がるそれが肌を撫で、私の前髪を軽く揺らした。

次の瞬間にはそれは形となり、地面の塵を巻き上げる。


「よし、もういい」


「あっ·····」


篝先生に額を小突かれ、我に返った瞬間に全身から今の感覚が弾け飛んでいくのがわかった。

何か形を為したような気はしているが、今自分が何をしたのかというのは理解出来ていない。


「今、出来てました?」


「一応魔術の発現には成功したようだな。初めてにしては上出来と言える」


「やった!で、私の主属性はなんなんですか!?」


ついに自ら魔術を使用出来たことに興奮して矢継ぎ早に先生に尋ねる私。


「足元を見ろ」


言われるがまま自分の足元を確かめてみると、自分の立っている場所を中心に砂が渦を描いていた。

渦の大きさは直径で1m程度ではあるが、間違いなく先程まではなかった模様である。


「お前の主属性は風。傾向は恐らく憑依」


「風の·····憑依·····」


ということはつまり·····


「つまりどういうことですか?」










―――「へぇ、那月ちゃんは風か。しかも一発で成功させるなんてやるねー」


グラウンドで行っていたその光景を窓から覗き見ていた上平涼平は、素直に感心しながらも前の席でつまらなそうな顔をしている少年に話しかける。

話しかけられた少年も窓の外をぼんやりと眺めてはいたが、涼平とは違いさほど関心を持っていた訳ではない。

机の上で頬杖をつき、窓の外を眺めているというのがその少年のいつものスタイルであり、今もそのスタイルを貫いているだけに過ぎない。


「·····まぁ、そうだな」


「なんだよしん。那月ちゃんに興味無いの?結構カワイイと思うけどな俺としては。爽やか系女子って感じで」


「お前は女なら誰でもいいんじゃねーの?」


「おいおい誤解を生むような発言はやめろよ」


「神の発言は正解ね。あんたは女なら誰でもいいのよ」


二人の少年の会話に不機嫌そうな含みを持たせて割り込んできたのは栃内まほろ。

あからさまに蔑んだ視線を涼平に向け、追い詰めようとしているのが手に取るようにわかる。


「あっれぇ~まほろん?なんか怒ってる?」


「さぁ、どうでしょうね」


語気が投げやりな所を見ても機嫌を損ねているのは明白だが、窓際の少年も助け舟を出す気はないようだ。


「俺なんかした?ねぇ、マジでわかんないんですけど」


「さぁ知らないわ」


そんな二人の痴話喧嘩のようなやり取りをBGMにしながら、少年は再び外を見る。

グラウンドの真ん中に立つ那月を眺めながら、少年は彼女にまた違った印象を抱いていた。


「波風立てそうだなあいつ·····」

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