第5話 風呂に入る

親切な隣人、栃内まほろとの出会いを経て、私は難攻不落の城塞学生寮のドアを突破する事に成功し、いよいよ城内部屋へと潜入。

普通、引っ越しをするのなら最初に引越し先へ荷物を運んだりするものだろうが、生活必需品は揃っていると言われ、以前の寮にあった私物は全て運んでおいてくれるという話だった。

まさに至れり尽くせりといったVIP待遇なのだが、ここまでされると何か裏があるんじゃないかと勘ぐりたくなるのが人のサガというものだろう。

簡単に騙されるような都合のいい女ではない私は、部屋の中に入ったとしても気を抜くことはない。

室内の照明がついているのは鍵を開けたあの魔力因子認証と連動しているのだろうという事は予想出来るが、内心そんな粋なシステムにも感動を覚えていたりする。


「これは·····」


内装を見て目眩がした。

四年間過ごしてきた1DK、あの日々がもはや遠い過去になりつつある。


「2LDK!」


和室と洋室の二部屋、十帖程のリビングダイニングキッチン、今の私にとっては夢のような空間だ。

さらにトイレとお風呂は別々で以前のユニットバスよりも一回り大きな浴槽、まだ新品かのような光沢を放ち私の心を魅了する。

なんなんだここは、どこのシャンバラだ。

それだけでも私の心を踊らせるのには充分だったのだが、さらにトドメの一撃とも呼べるものがあった。


「すごい·····」


植物を育てる事が前提と言わんばかりの広いベランダへ足を運んでみれば、地上たかだか三階とはいえそこから見える景色は格別なものであった。

以前までの学生寮は7、8階建てなんてのはざらで、それがひしめき合っているので見える景色なんて隣の建物の壁だという所も少なくない。

八目島メガフロート中心はさらに高い建物もいくつもあり、より近代的な街並みになっていく。

なのであまり景色を楽しめるような立地ではないのだ。


だがここは違う。

私のZクラスの校舎は八目島の中でも高所、中心から離れて山の8合目辺りに位置している為、周りには隔てる物が何もない。

以前よりも中心街からの距離は離れてしまったが、そこから見える八目島の夜景は想像を越える美しさだった。

心を奪われるとはまさにこの瞬間に使うべき言葉だと私は自信を持って言えよう。


「もう最高すぎるかも。私死ぬのかな」


そんな最高にロマンチックな夜景を堪能した後はもちろん一日の疲れを癒すお風呂。

熱いお湯をたっぷりと注ぎ込んだその浴槽の中に身を委ねるだけで今日一日の疲れがお湯に溶け出していってるような気持ちにさせる。


「はぁ~、幸せ~·····。やっぱりお風呂は命の洗濯だなぁ·····」


Zクラスの学生寮は格が違う。

まるでどこかのホテルに宿泊してると勘違いしてしまいそうなほど優雅である。

気を張っていた一日が解けていくと、不意に昔の事が頭を過ぎる。

私に魔力因子があるとわかった時の両親の寂しそうな顔。

私を見送ってくれた日、お母さんは決して私に涙は見せなかったけど、お父さんは子供みたいに泣いてたっけ。

まだ小学校を卒業したばかりだった私、多分あの時二人とも相当心配してくれたんだろうな。

そりゃ幼い我が子を一人で遠くの島へと送り出すのだから心配しない親もいないか。


「あれからもう四年も経つんだ·····」


私達魔力因子を持つ者は高校卒業までこの島から出る事は許されないので、長期休暇なんかで家族の元へ帰るなんて事も出来ない。

向こう側から入ってくる事は出来るので、この島まで来てくれれば会う事も可能だが、しかしかなり遠い場所にあるのでそうそう会う事も叶わない。

私がこの島に来てから両親と会ったのはたった二回。

次に会った時、魔力覚醒をしてしまった私の事を受け入れてくれるのだろうか。

昔みたいに笑いかけてくれるだろうか。


「あと二年、あと二年だけ頑張ればいいんだ。そうすれば私は自由になれる·····。自分の好きな人生を歩けるんだ·····」


一日目の夜は更ける。

お風呂を出てふかふかのベッドにダイブした私は程なくして死んだように眠りについた。












―――「レベルAの監視対象だそうよ、あの子」


教師用宿舎のバルコニーの縁にもたれて、ワイングラスの中に注がれた真っ赤な液体をゴクリと飲み干した如月月夜、その横で縁に頬杖をついて遠くのネオンを見つめる篝霧也は、くわえているタバコを一際強く吸い込むと、チリチリと葉の焼ける音がやけに際立って響いた。


「まぁただのガキだがな」


「案外そうでもなかったりするわよぉ、最近の子はね」


「どうだか」


篝霧也は根元まで吸いきったタバコをそのまま指で弾き飛ばすと、クルクルと回転を伴った吸殻が宙を舞う。

その吸殻へ人差し指を向ければ、吸殻は突然空中で発火しフィルターまで完全に燃やし尽くし消滅した。


「鍵と疑似接触したって話だけど、どう思う?」


「どうって、別に変わらんさ。俺は俺の仕事をする、相手が誰だって構いやしない」


「あなたらしい回答ね」


如月月夜は持っていたワイングラスをそのまま地面に落とし、破片は周囲に飛散したが、篝霧也はそんな破天荒な行動にも驚く素振りはなかった。


「そろそろ寝るわねぇ。これ以上飲むと体に毒だわ。あなたもタバコは控えた方がいいわよ」


「ふん」


如月月夜が去っていった後、飛散した欠片はもう溶けて水になっていた。

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