第4話 ドアを開ける

結局あの後一日中個人授業の時間が続き、元の教室には戻ることもなく校舎を後にするに至る。

校舎を出てすぐ目の前に私の新たな住まいがある、そう言われて迷う余地もなく圧倒的に視界に入った建物。

これが私のこれからの学生寮なのだろう。

すっかり日も暮れてしまっているのだが、その建物の照明は上からも下からも煌々と自身をこれでもかと主張する。


「随分と違うなぁ」


Zクラスに入る前、私は一般の候補生《シード

》だった。

そりゃ誰だってそうなのだろうけど、中等部から高等部まで一貫の八目総合学園には約一万人の生徒がいるので、学生寮も部屋数を優先的に建設されている。

それこそ呆れるほどの数の学生寮が乱立しているが、その部屋の一つ一つが広い訳もなく、ほぼ一貫して一部屋とユニットバス、みたいな間取り。

そんな生活に四年もいたのでとっくに慣れきっていたが、Zクラスになって突然違う寮に引っ越すなんて事になるとは思ってもみなかった。

今まで見てきた覚醒者ブルーム達が引っ越していったような記憶はないのだけれど。

それはさて置き、新たな学生寮とはいえ以前と大差ないと思っていたのだが、外装から既に裏切られている感じだ。

一般とZクラスにはこんなにも大きな待遇の差があるとは思わなかった。


しかし生憎私は外見に騙される浅い女ではない。

外見だけプライドを保ってはいるが、内面を垣間見ればそのハリボテも一瞬で剥がれ落ちるだろう。

過度な期待を持てば持つほど裏切られた時の傷も大きくなる。

だから私は無心でその建物の中へと向かう。

他の学生寮とは違い高さは低く三階建て、私の部屋は303号室だそうだ。

如月先生は鍵は必要ないと言っていたが、あれは一体どういう意味なのだろう。

303号室のドアの前まで来たが、そもそも鍵穴が存在していないようだ。

鍵穴がないのであれば確かに鍵は必要ないね!なんて自嘲気味に笑ってみたが虚しくなったのでやめた。


さて困った。

どうやって開ければいいものか。


ドアノブ式ではなく引っ張るタイプなのはわかっているが、ガチャガチャと引っ張ってみたが開く気配は全くない。

まるでこの扉が意志を持ち私を中に入れんと嘲笑っているようにも見える。

なんて憎たらしい扉なのだ。


「ねぇ」


「うおっ!」


いつからそこにいたのか、気が付けば扉の前で四苦八苦してる私の真横に立っていた少女。

そのホラー的な登場シーンに戦慄し、私は本気で驚いた声を上げてしまった。

女子らしくキャーなんて可愛い声を上げられればまだ救いはあったのだろうが、人が本気で驚いた時に出す声なんておっさんの呻き声のような音になる。


「もしかして鍵の開け方知らないの?」


「·····」


なんだろう、指摘されると急に認めたくなくなるこの感覚。

しかし実際にドアを開ける事すら今の私には出来ないという現実を否定する訳にもいかない。

このまま部屋に入れぬまま外で一日を過ごす方が惨めな気持ちになりそうだ。

一度深呼吸を入れる事により自分自身を受け入れ覚悟を決める。


「このドアの開け方を教えてくださいお願いします」


「ぷっ」


やっぱり笑われた!

恥ずかしい!穴があったら入りたい!


「そんなに畏まらなくてもいいわ。緊張するような状況でもないでしょ?」


どうやら私をバカにして笑っている訳ではないようなのでホッと胸を撫で下ろす。

改めて向き直ってみると同じクラスの女の子だという事は理解出来たが、クラスメイトの自己紹介はなかったので名前まではわからない。

長い黒髪という点では如月先生と共通しているが、目の前のこの子の方が身長も低く童顔である。


「このドアの開け方は最初は誰だって戸惑うと思う。そこに手のひらを翳してみて」


よく見るとドアの横に手のひらサイズの装置、カードリーダーみたいなものが取り付けられている。

私はその子に言われるがまま装置に手を翳すと、あれだけ頑なだったドアがウィーンと機械音を上げて申し訳なさそうに軽く道を開く。


「おおおおお!」


「それぞれの魔術因子に反応して開くらしいわよ。そこにはあんたの魔力因子が登録されてるからあんたにしか開けられない」


「すごーーい!なんかすごい感動です!」


網膜認証とか静脈認証とかそういったセキュリティは今の時代結構あるみたいだが、まさかそういった場所にこの私が住む日がくるなんて夢にも思わなかった。

しかも魔力因子認証ときた。

その響きだけでも最先端らしくカッコイイ。


「これだけでそこまで感動する人も珍しいわね」


私の田舎者のような反応を見て彼女は苦笑い。

はっと我に返った私は親切なクラスメイトに深々と頭を下げた。


「ありがとうございます!これで野宿は免れました!」


「感謝される程の事じゃないわよ。それにこれからはお隣さんみたいだし。困った時はお互い様ね」


そう言って彼女はすぐ隣の部屋のドアを指さした。

予想はしていたが、やはりこの学生寮にはクラスメイト達が暮らしているようだ。


「私は栃内とちないまほろ。わからない事があったらなんでも聞いてくれていいわ」


「あ、ありがとうございます!私は·····」


「篠舞那月、ちゃんと覚えてるわよ。あと敬語なんて使わないで。他人みたいだから」


やはり私は運がいいようだ。

右も左も分からない初めての日に、こんなに親切な子と知り合えるなんて。しかも隣の部屋。


「うん、ありがと!まほろちゃん!」


「じゃあ頑張ってね、那月」

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