第9話

 劉天と私は時々学校の外で会うようになった。

 芸術が好きな彼に合わせて、美術館を巡ったり、学生の生活圏から遠い場所の映画館へ行ったりする。その時は、芸能人でもないのに帽子を目深にかぶり、サングラスをかけて、普段しないような服装を心がけた。

 絵を鑑賞した後で、よくドトールやタリーズのようなコーヒーショップにも行った。手軽で奥まった場所を選べば、二人でいてもあまり目立たないからだ。一緒に行くようになって、彼がコーヒーが苦手な人だと言うことを知った。だから、イタリアンレストランでコーヒーを飲まなかったのだ。お茶が好きで、紅茶なら平気だという。

「子どもみたいね」

というと、

「違います。僕の国では、苦手の人、多い。最近は飲む人も増えましたけど、僕の家ではあまり飲んだことがなかった。だから、好きではないんです」

と、少しムキになって反論した。

「もしかして、パスタも苦手だった?」

 私の言いたいことが分かったのか、彼は首を振った。

「…あの時は、緊張した。特に好きではないけど、食べること、できますよ」

 その言葉に、私たちが始まったあの夜を思い出して、少し黙ってしまう。彼は、紅茶を一口飲んでから、私にきいた。

「先生は、あの日、僕が好きと言った。…僕の、どこが好きですか」

「…難しいな。気がつくとそうだったから。そうね、紳士的で、静かなのに、しっかりとした自分を持っているところ、かな」

 彼は嬉しそうに笑った。

「じゃあ、あなたは私のどこが好きなの?すごく年上なのに…」

「簡単です。先生はとても優しい。色々みんなのことを考えて、とても優しい。僕が、日本語下手でも、何を言いたい?ちゃんと分かる。一緒にいるとき、とても安心する。だから、大好き」

 無邪気に語る劉天に、

「何だか、お母さんみたいって言われているみたい」と眉をひそめてしまう。

彼は意表を突かれたような顔をした。

「先生、僕のお母さんは全然優しくない。先生と全然違う。とても強い、厳しい人。先生は、お母さんと違いますよ」

 その反論が何だかおかしくて、私は想わず笑ってしまった。

「本当です。会ったら分かります。先生とお母さんは、全然違います」

 私が笑ったことを勘違いしたのか、劉天はムキになって否定した。それがまたたまらなくて、私はなかなか笑いを収めることができなかった。

 二人の優しい時間が流れていった。

 いけないと思いつつも、二人で時々こうして過ごすことを止めることはできなかった。


 

 

 

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