第6話
「僕が好きですか?」
熱のこもった目で見つめてくる。私は頷いた。
「ホントに?」
「ええ…でも、連絡は、できなかった。この気持ちを形にしてはいけないと思ったから」
劉天が顔を曇らせる。私の頬を涙が伝わった。本当は、この恋を形にしてはいけない、それが本心だった。でも、目の前の青年が愛おしいと思う、この気持ちも嘘ではない。
私は劉天をまっすぐ見据えた。
「…私が、時々しかあなたのものになれなくても、劉さんは我慢できる?」
彼がまた、なにか言った。抱きしめていた両手を外し、私の頬に添えた。ゆっくりと顔を近づけてくる。静かに唇に唇を押しつけた。私は誘うように、唇を開き深く押しつける。戸惑うように、彼が身じろぎした。
キスは、初めてなのかもしれない。そう思って、彼の下唇に舌で触れてみる。その途端、彼のキスが変わった。唇を割って、彼が中に入ってくる。探るように舌が動き、私の舌に絡み合った。唇を吸い、更に深まるように私の頭に手を添えて自分に押しつける。
息が上がった。キスとキスの間に息を吸い込んでも、息が弾む。棚に体を押しつけられ、頭を抱えていない方の彼の手が服の上をさ迷う。それが胸の膨らみをかすめ、彼の手がその上で止まった。
「あ…」
ブラウスの上から乳房を掴んで、手が動き出した。
「ん…劉さん、ここはダメ…」
自分の胸に置かれた彼の手をやんわりと遠ざけ、懸命に体を離した。彼から離れて、息を整える。劉天を見ると、拒絶されたと思ったのか、子犬のように項垂(うなだ)れている。私は彼を励ますように、その肩に触れた。
「ごめんなさい。でも、学校はダメです。このあと、時間ある?」
私の言葉に、彼は嬉しそうに頷いた。
「じゃ、地図を渡すから、五時くらいにその場所に来て」
「分かりました」
彼を伴い、資料室を出た。幸い、学生はその周りに誰もいなかった。彼を連れて、教員室に向かう。私が指定した場所の地図を渡すためだった。
「待ってて。地図を印刷してくるわ」
教員室に入ろうとすると、彼が呼び止めた。
「先生、場所を言えば、自分でグーグル、調べます」
彼がスマホをポケットから取り出した。デジタル嫌いの彼がスマホを持っていることに、少し驚く。
「カタカナだから、私が入れるわ」
彼は日本語で入力できるようにしてから、私にスマホを渡した。検索アプリを呼び出し、駅の近くの立明大学のそばにあるホテルの名前を入れる。それから、検索キーをタップした。検索して出てきた地図を確認させ、待ち合わせの場所に一階のカフェを指定する。そして、彼のアドレス張に自分のスマホのアドレスを入れてから返した。スマホのアドレスを見て、彼が嬉しそうに笑った。
そこへ前山先生が通りかかる。
「あら、劉さん、どうしたの?」
劉天は軽く会釈した。
「そう言えば、劉天さん、来期、つまり後期から私のクラスに上がったから、頑張ってね」
劉天は一瞬非難するような目を私に向けてから、前山先生に笑顔で挨拶し、踵を返した。その後ろ姿を見送りながら、後ろめたさと妙な高揚感を私は感じていた。
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