第19話

 学校が始まったその日、うっすらと目を開けると、目の前に黄金の巨体が目に入り、素早く遠ざかって行った。隣にい馨は屋上に立っていた。

 校舎の屋上は人がいない。その事が馨のお気に入りだった。そして、ここからは空がよく見える。

「こんなこころにいたのか」

 馨が青い空を見上げていると、バタンと後ろでドアの閉まる音がして、背後に誰かが立った。

 振り向くまでもなく相手が聖也だと分かっていたので、馨は空に顔を向けたまま答える。

「何、何か用?」

「別に。でも、探してた」

 聖也が自分の脇に立つ。同じように空を見上げた気配を感じる。

「休みの間、俺を避けてた?」

 その台詞に、思わず聖也を見てしまった。台詞の割に、平静な顔をしているその横顔を見上げる。ほんの少し間を置いて訊ねた。

「どうして?」

「いや、なんとなく」

 聖也は視線を外さずに答えた。馨も再び、空を見上げる。

「碧いね。まだ暑いのに」

 ああ、と聖也も肯く。馨はふっと顔を緩め、コンクリートの床に腰を下ろした。スカートの裾を抱え、体育座りでその膝に頬を寄せる。目を閉じて、少し熱気を帯びた風を感じた。

「何で、避けられてると思ったの?何か、心当たりがある?」

 少し間が開いて、聖也が隣に座った。

「…あると言えばある、ないと言えばない」

「…私に避けられると、困るわけ?」

「うん、秘密を話す相手がいなくなる。唯一の共犯者だからね」

 聖也から思いの外正直な答えが返ってきた。はぐらかす返答の多い聖也だけに、真実味が籠もっている。馨は思わず笑った。その笑顔を、聖也が眩しそうに見つめる。

「話したい秘密でもできた?」

 図書館で会ったあの女子高生。林でキスしていた彼女のことを聞き出そうと鎌を掛けてみたが、聖也は何も言わなかった。馨もこの話題は、ちょっと気が進まないので、それ以上は続けない。

「そう言えば、この間の模試の判定、どうだった?」

 さりげなく、話題を変えた。

「余裕。馨は、南学、受かりそう?」

「…ちょっと、バカにしてんの?A判定ですぅ!」

 馨が顔をしかめると、聖也は楽しそうな笑い声を上げた。得意の喉の奥を鳴らす笑い方で肩を揺らしている。馨は一発、その肩をこづいてやった。

「わり。馨がそういう頭がいいのは知っているから」

「何か引っかかる言い方」

 馨がふくれてみせると、聖也はくくくと喉を鳴らした。そうして、しばらく笑いを収めようと格闘したあとで、聖也はさっきとは違う笑顔を馨に向けた。

「馨とこうしているのは、いいな。避けられると、落ち込む」

 あまりに正直に言われ、馨は返す言葉をなくした。呆然と、聖也を見つめてしまう。何か、言わなきゃ、と思うが、言葉が見つからない。

 それでも馨が何かを言おうと、口を開いたとき、唐突に気まぐれな突風が吹いた。あまりの強さに、目を閉じて体を硬くする。

「あっ!」

 普段叫ばない、聖也の叫ぶ声がした。

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