第12話
その日の放課後、馨たちは約束通り、中学校の近くにある駄菓子屋で、アイスの打ち上げをしていた。メンバーは、部活の顧問に呼ばれて来られなかった加藤と茂彦を除く、6人だ。
「俺ら、これ食べたら、部活に行くわ」
中島が言って、聖也と板波も肯く。
「オッケー」
馨と綾子が答えると、
「陸上部、今日くらいは休みにすればいいのにね」
ゆかりが同情気味に言った。
「もうじき、最後の大会だから、仕方ないよ」
板波は氷のアイスをガリガリ言わせながら、他の二人と顔を合わせる。中島と聖也もアイスを頬張りながら馨たちに肯いて見せた。
「綾たちは、これで帰り?」
聖也が言い、手に滴ったアイスの汁を舐め上げた。それを見ながら、馨はあまりに普通に見える聖也が不思議に思えた。
「そう」
答える綾子の隣で、ちょっと眩しげにゆかりが聖也を見上げている。馨は、その視線の意味を悟って、少しだけ気分が下がった。
アイスを食べている最中も、時折帰りがけの女子が聖也に手を振っていく。聖也は慣れたように手を振り返していた。
「…みんな、どこがいいんだか」
馨の心の声が、思わず漏れた。ゆかりと綾子がびっくりしたように馨に振り返る。
「それって、聖也君のこと?」
ゆかりがおずおずと訊いてくる。綾子は聞かずもがな、という顔をした。
「ええと、その、うーん」
本人の手前、馨は返事を濁した。聖也がじろりと馨を見下ろしている。その脇で、板波と中島は面白そうな顔をして、二人を交互に見比べた。
「まあまあ、馨は武士のような男が好みだからさ。聖也はちょっと王子風でしょ?」
「武士?」
ゆかりと聖也が同時に聞き返す。
「そう。例えば、剣道部の田芝のよう…」
綾子が言い終える前に、馨の手が綾子の次の言葉を阻んだ。モゴモゴと口を動かす綾子を押さえ込んで、馨はきまりの悪そうな顔をした。
「馨、田芝が好きなんだ?」
聖也が問いただすように訊いた。途端に、馨の頬にさっと赤みが差す。それが答えだった。それを見た聖也が、急にこの話題から興味をなくしたように、両脇の仲間に視線を向けた。
「…そろそろ、部活、行かないとやばいよな?」
「ああ、そうだな。遅れると怒られるし」
話を振られて、中島も肯く。板波もそれに賛成した。唐突に三人は帰り支度を始め、じゃと、馨たちを残して学校へと戻っていった。
「…綾、突然、変なこと言わないでよ」
聖也の姿がかなり小さくなってから、馨は咎めるように綾子を見た。
「別にいいじゃん。田芝のファンてのは、本当なんだし」
「なんで、田芝?目の前にいい男がいるのに?」
ゆかりが不思議そうに訊く。馨はゆかりの方を見ながら、
「顔だけなら、確かに聖也はいいけど、…それだけなら、何も聖也じゃなくてもいい奴はいるのに、って思う」
そう言って、最後に残った棒のアイスを舐め取り、そばのゴミ箱に木の棒を捨てた。先に食べ終わっていた綾子とゆかりはお互いの顔を見合わせてから、馨に視線を戻す。
「私は、聖也ファンじゃないけど、気持ちは分かるよ。聖也は、顔も見た目も、あと優しいところも、志津校狙っちゃうところも、…なんていうか、これと言って悪いとこ、ないじゃん?」
「うん、愛想もいいし」綾子の言葉に、ゆかりも付け足した。
馨は、さっきアイスと一緒に買った飴の袋を鞄から取り出し、二人に分けながら、ふーんと肯く。
「けど、田芝だって志津校狙ってるし、剣道も強いし、人望あるし…それに、どことなく落ち着いてて…うーん、私だって田芝がモテるのは分かるんだけどな」
「じゃあ、あとは好みの問題だよ。田芝は渋好みの馨受けするけど、聖也は他のほとんどの女の子に受けるってこと。甘い紅茶と渋めの緑茶、人によって好みは分かれるでしょ?」
「上手いこと言うわ!」
ゆかりが感心したような声を上げる。紅茶の例えには、馨も肯けた。確かに、馨は渋めの緑茶を好む質だ。田芝のような老成した感じの男の子が好みなのだ。
「ま、女の子たちは、聖也が馨好みでなくて、良かったと思うんじゃない?」
綾子はもらったあめ玉を二つ包みから取り出して頬張ると、にっこりと笑った。
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