第9話
光に透ける、淡い緑の葉が風に揺れている。その緑の美しさに目を細めながら、馨は空を見上げた。
オリエンテーリングの日は、予想通りいい天気だった。五月の日差しが、少し暑いくらいだ。お弁当と水筒を持った中学生の集団がスタートと同時に思い思いの方向に散って行った。課せられた課題ポイントがグループごとに違ううえ、それぞれが一番効率がいいと思った地点から回っていくからだ。
結局馨のグループは、馨たちの他に日野ゆかりという女の子と、加藤の友達、聖也の部活仲間が加わって、8人のグループになっていた。それぞれの小学校区を網羅する形で、かなり理想的な構成員を揃えたことになる。
初めに一番遠い学区から行くことになった。綾子とゆかりの学区で、案内は彼女たちに任せる。歩き始めたばかりで、まだみんなに余裕があった。
「あたし、聖也君と一緒で、りっこにスゴイ羨ましがられたよ!」
ゆかりが嬉々として綾子に話しかけている。
「りっこって、田中律子(たなかりつこ)だっけ?」
「そう。りっこ、彼にお熱だから」
ふうん、と馨は話半分で聞き流す。聖也のことを知っている自分にすれば、そういう女子の彼に対する思い入れはほとんど理解できない。ちらりと聖也を見やると、馨の視線に気が付いた聖也が不思議そうに見返してきた。小さく息を吐いて、気持ちを切り替える。
「馨、次はこのポイントにしよう。俺と茂彦(しげひこ)の学区なんだ。綾子たちのところから割と近いし」
加藤は何かと馨に話しかけてきた。それを加藤の友達が含み笑いをして冷やかす。馨は居心地の悪さを隠すこともなく、それに対応した。それを見て、聖也が思わず吹き出す。そういうやり取りに気がついて、綾子も遅れて笑い始めた。知らないのは、加藤本人ばかりだ。
馨たちは順調に各ポイントをクリアして、お昼のお弁当を挟んで最終ポイントである、馨たちの学区へと向かった。
「聖也、これって、小学校の近くだよね?」
「だな」
聖也と二人、地図を見ながら案内をする。途中、馨の家の近くを通ったので、みんなに自宅を教えた。加藤が嬉しそうにメモを取る。聖也は面白がって、自分の家も一緒に印をつけてやった。
「聖也君家と馨ん家って、結構近いんだね」
と、ゆかりが他意もなく二人に言った。
「まあね。よくガキの頃とかは遊んだしな」
同意を求めるように、聖也が馨を見る。
「うん。腐れ縁だからね」
馨がそう答えると、ひでぇな、と聖也は笑った。みんな一緒に笑い合う。
「そっか。二人、ほんとに幼馴染なんだねぇ。みんな、誤解してるよねー」
綾子がゆかりの言葉に、馨の方を笑いを含んだ目でちらりと見やった。その目と目を見交しながら、馨は彼女に感謝する。綾子がゆかりをグループに入れた意味が分かったからだ。
(この調子で、わかってくれる子が増えるといいな)
そう思いながら、明るい気持ちで馨は小学校へと向かった。
途中、懐かしい通学路に聖也との会話が多くなる。こんなに彼と話したのはいつ以来だろう、と馨は不思議な気持ちがしていた。それは彼も同じようで、何となくこそばゆいような、恥ずかしいような気がした。
「これって、どの辺?」
二人の雰囲気を察してか、地図を手に、加藤が間に割って入ってくる。
「学校の、裏手辺りの林の近くかな」
馨は地図を見ながら、加藤以外にも見えるように地図を指さした。みんなも頭を揃えて覗き込みながら肯く。
「…疲れた奴は、この辺りで待っててもいいよ。俺と、何人かでポイント探して、ハンコ押してくるから」聖也がみんなを見回しながら言った。
「何人かって、誰が行く?」
綾子が馨を見ながら訊く。
「あたし、行くよ。結構今回は任せて待つこと多かったし。場所分かるし」
馨が言うと、間髪おかずに加藤も手を上げた。それから、聖也の友達の中島と板波(いたば)も加わって、五人で行くことにする。残った綾子たちには、集合場所を教えて、彼らは出発した。
「馨は女なんだから、残れば良かったのに」
加藤に言われて、馨は苦笑する。こんな風に女の子扱いされるのは、馨の性分ではなかった。それを知っている聖也も笑みを隠しきれない。
「本当は、私と聖也だけでも良かったけどね」
馨が言うと、加藤はすぐに否定した。それを見て、また周りの男どもが笑う。
馨は肩をすくめると、話題を変えた。
「そう言えば、この林って、結構昔怖かったんだよね」
「なんで?」
「だって、何かいそうじゃん?」
「実際、野犬の群れはいたけどね」
馨の言葉に聖也が笑って言った。ちょっとむっとして、馨が見やると、聖也は涼しい顔をして馨から目を背けていた。加藤がすかさず馨に話しかける。仕方なく、馨はその応対をした。
彼らがたわいない話をしているうちに、小学校が見えてきて、その後ろに馨が言った林も見え隠れしてきた。小学校をぐるっと回って、林の方に近付いていく。林には、冬枯れの蔓草がまだ残ってはいたが、林立した木々は明るい黄緑色の葉に覆われていた。
「ホントに何か、いそうだな」
加藤の声がこわばっている。
「この中にある訳じゃないだろ?」
板波と中島が顔を見合わせて言った。馨もその言葉に肯く。林の左右を指さしながら、
「じゃ、二手に分かれる?」
そう馨が聞いた時、隣にいた聖也の体が不自然にこわばった。その場にいた全員がそのことに気が付かなかったが、馨だけがそれに気付いた。そっと、その横顔を見上げる。
緊張した面持ち。何かの気配を探っているように思える、その横顔を見つめながら、馨は自分の首筋が逆立つのを感じた。
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