第21話 洋子のクラブ内首吊り自殺の推理
霧沢は二つ目の出来事へと自分の推理を進めていった。
それは『洋子のクラブ内首吊り自殺』。
霧沢は一週間の時間を掛けてそれを考え抜いた。
クラブ・ブルームーンのママ洋子は、祇園夜桜が妖艶に咲き乱れる春の宵から二週間が経った頃に、クラブ内で首吊り自殺をした。
洋子にはその頃すでに娘の愛莉がいた。そのためか、霧沢にはどうしてもそれが自殺とは思えなかったのだ。
そして洋子は、前年の宙蔵の死後に、「また新しいパトロンを見付けて、しぶとく生きてやるから、安心して」と言っていた。
もちろん当時、知人や関係者に対しての警察による事情聴取があった。それによりわかったことは、洋子が自殺をした時間帯に、桜子と光樹は伊豆への旅行からの帰途にあったということだ。
この二人は沼津から東名高速道路に乗り、日本平パーキングエリアで軽い昼食を取った。そしてそこを午後一時前に出発した。
あとは、途中岐阜県の養老サービスエリアに立ち寄ったりして、トイレ休憩などを取りながら、約五時間強をかけて京都へと戻ってきた。そして二人は午後六時頃に京都の南インターチェンジから国道へと下り、市内へと帰って行った。
そんな桜子と光樹の二人、四カ所で目撃確認されていた。
それは沼津インターチェンジの料金所と日本平パーキングエリア。そして名古屋を過ぎた養老サービスエリア。最後に京都南インターチェンジの料金所だ。
これらの四つの点は結ばれ、線となった。これにより洋子が自殺をした午後五時頃の時間帯は、滋賀県の彦根近辺の名神高速道路を走っていたこととなった。
桜子と光樹のこのアリバイは完璧で、当局はこれが崩せず、それは認められた。
だが霧沢は、その京都南インンターチェンジに何かずっと引っ掛かってきたのだ。
桜子と光樹は京都の東に位置する東山と北白川に住んでいた。そうであるならば、名神高速道路を大阪方面へと行き過ぎず、普通は京都市内の手前、つまり東京寄りの京都東インターチェンジで下りるものなのだ。
この疑問点から、桜子が洋子を殺害したと仮定してみた。
さて、桜子はどういう経路を辿って、午後五時前に京都祇園のクラブに行き、洋子を殺害し、午後六時に京都南インンターチェンジの料金所を通過したのだろうか?
要は東名高速道路と名神高速道路を車で京都へと向かって走りながら、それよりも早く京都へと辿り着き、そして犯行の後、同じ車に戻れないだろうか?
霧沢はこんな推理に頭を絞った。
そして次のような一つのシナリオに辿り着いたのだった。
それは日本平パーキングエリアで昼食を取り、土産を買い、そこの店員に桜子と光樹の二人の存在を印象付けるところから始まる。
そして二人は日本平パーキングエリアを午後一時前に出発する。
だがそれは約五百メートルほど車で走っただけ。そこに高速バスの停留所がある。
光樹が運転する車はそこへ侵入し、桜子はそこで車から下りる。その停留所の近くに静岡県立美術館があり、桜子はそこへと歩く。
そしてそこからタクシーに乗り、静岡駅へと向かう。約二十分もあれば静岡駅に着く。そして新幹線に乗る。
たとえこの出来事が三十年前のことであったとしても、静岡駅から京都駅までは、待ち時間を入れても、三時間もあれば京都駅に到着することができる。
桜子は遅くとも午後四時過ぎには京都駅のホームに降り立っただろう。
京都駅から祇園のクラブまで、タクシーで二十分もあれば充分。桜子は日本平パーキングエリアを出てから、約四時間を要することもなく、クラブ・ブルームーンのドアを押し、中へと入ることができたのだ。
そして呼び出しておいた洋子に会った。つまり午後五時前に、桜子は犯行に及ぶことが可能だったのだ。
一方、日本平パーキングエリアから京都南インターチェンジまで、その距離は約三百五十キロメートル。
光樹が平均時速七十キロで車を走らせたとしても、約五時間後の午後六時には京都南インターチェンジを通過することができる。多分光樹は速度を上げ、京都の手前の大津サービスエリアで時間調整をしたのだろう。
桜子は午後五時前に誰もいないクラブ内で、ロープを使って洋子の首を絞めた。そして同じロープで、洋子の首吊り自殺を偽装した。
その後、桜子は店からそっと抜け出し、公衆電話から当時光樹の車に備え付けられてあった自動車フォンに電話を掛け、約束の五時五十分に車に戻ることを連絡する。そして近くの祇園四条駅へと向かい、電車に乗る。
乗車時間は十分強、それで藤森駅に到着できる。桜子はそこで降り、さらに徒歩十分で、名神・京都南インターチェンジの手前にある深草バスストップに到達した。
そこで光樹をしばらく待つ。大津サービスエリアで時間調整をしていた光樹は、約束の時間通りに車でそこに現れる。
そしてここで桜子は「長いドライブで疲れたでしょ、私が運転するわ」と運転席へ、そして光樹は助手席へと移る。
こうして二人は、その後深草バスストップからしばらく走り、京都南インターチェンジの料金所へと向かい、桜子は紙幣を風で飛ばす演技をし、午後六時頃にそこを通過する。
霧沢はこんなシナリオが成り立つものなのかどうかを確かめるために、日本平パーキングエリアから静岡駅へと移動し、新幹線に乗った。その後、京都駅から祇園へと行き、それから深草バスストップまで実地確認をした。
桜子が通ったと推察した行程、それは現実に可能だと確信した。
しかし、このシナリオには難点がある。
それは桜子と光樹は名古屋を過ぎた岐阜県の養老サービスエリアに立ち寄っていたことなのだ。それが裏取りされていた。
もしそれが事実であるならば、たとえ霧沢が日本平パーキングエリアから京都祇園までの新幹線を使った桜子のルートを発見したとしても、そのシナリオは成り立たない。
つまり、桜子と光樹の二人は高速道路から外れることもなく、ずっと一緒に車で走っていたこととなり、いずれも犯人に成り得ないのだ。
桜子と光樹は本当に岐阜県の養老サービスエリアに立ち寄ったのだろうか?
また他に違ったやり口があったのだろうか?
霧沢に疑問が生じてくる。
しかし、今となっては確認のしようがない。
だが霧沢は、こんな疑念の中で、未だ霧沢が気付いていない何かがひょっとしたらあるではないかとふと思うのだった。そして少し角度を変えて思索してみる。
桜子が洋子を殺害したとしたら、宙蔵から洋子へと連続に犯行に及んだことになる。そこまでも桜子を追い込んでしまったものは一体何だったのだろうか?
学生時代、桜子はいつも真っ白なブラウスにブルージーンズを穿いていた。そして長い黒髪をなびかせ、
その上に年上の女性のようにセクシーで、とにかく男子学生たちの憧れの的だった。
霧沢が海外を放浪している時に、風の噂で聞いたことがある。桜子は友人の花木宙蔵と恋愛の末に、老舗料亭の京藍に嫁いだと。
しかし、その宙蔵は外に女を作ってしまい、子供まで設けてしまった。しかもその女は、桜子も知っている洋子。
洋子は元々場末のスナックでアルバイトをしていたような娘。彼女とはどだい住む世界が違う、桜子は少なくともそう思っていたことだろう。
その上に、洋子は厚かましくも、その子の認知まで宙蔵を通して迫ってきた。
桜子は絶対に許せなかった。それで滝川光樹に身を委ね、二人の殺害に及んだ。
霧沢はここまで一気に推理してみるが、「うーん」と溜息を吐いてしまう。そして思うのだった。
果たして桜子と光樹はそのような関係だったのだろうか?
桜子は、宙蔵の四十九日が終わり、霧沢が訪ねた時に、強気の女将に似合わず消え入るような声でぼそぼそと呟いた。霧沢はその言葉を思い出す。
「私の人生だもの、好きなようにするわ。支えてくれそうだし」
そして今思えば、それは一体誰が支えてくれるというのだろうか?
霧沢はずっとずっとそれは光樹だと思っていた。
しかし、もしその支えてくれる者が光樹とは異なる誰かだとすると、まったく違ったシナリオになるのではないだろうか?
そのように考え直してみたりもした。
だが、これは苦し紛れの単なる推理なのかも知れない。つまるところ、まだまだ四つの出来事の全貌を掴むシナリオは、――、未完成。
されども霧沢は、もし洋子殺害の犯人が桜子だとすると、その怨念の深さを思い、背筋がぞっと寒くなってくるのを覚えるのだった。
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