第12話 洋子の死
晩秋の月が冴え渡った夜に、霧沢は京都駅の新幹線プラットホームでルリにプロポーズをした。そして霧沢は翌年の六月に結婚することをルリに約束した。
年は明け、霧沢は三十一歳となり、また春が巡りきた。
祇園円山公園の七千本の桜も、
それはいかにもあだっぽくて悩ましい。そんな妖艶に咲き乱れた姿を一目見ようと、列をなして人たちはそれを愛でる。
霧沢もその年はルリと一緒にその夜桜を観に出掛けた。そしてその後、春の夜風に誘われて、二人は立ち並ぶ屋台の間をくぐり抜け、祇園石段下から祇園白川まで歩いた。
ルリと仲良く腕を組み、ゆるりとした歩調で
「アクちゃん、舞妓さんも大変だね」
そんなことをルリが言う。「ああ、そうだね」と霧沢は返し、ルリを群衆から守るように自分の方へと引き寄せた。ルリは為されるままに、霧沢にその身をぴたりと寄せる。
そして二人は桜のトンネルの石畳を寄り添い合って、ゆっくりと歩いて行く。
お茶屋から漏れ聞こえてくる
「私たち、きっと幸せになれるわよね?」
ルリがぽつりと訊いた。
「うん、もちろんだよ。絶対に幸せにしてみせるから」と霧沢は力強く答える。
「ありがとう、だけどアクちゃん、今も幸せだよ」
そんな二人にヒラヒラと桜の花びらが舞い落ちてくる。ルリは手を伸ばし、手の平にそれを素早く掴み取る。そしてその手の平をぎゅっと閉じる。
霧沢は花びら一枚が包み込まれたルリの手を、上からそっと握り締める。そしてルリの身体を優しく引き寄せる。
ルリはそれを拒まず、花に酔い、桜色に染まった頬を霧沢の肩に預ける。
二人はもうすぐ結婚する。その華燭の典の二ヶ月前、二人はこんな平穏で幸福な日々を送っていた。
そんな桜花爛漫の満ち足りた春の宵から二週間が経った。それは四月中旬も過ぎた頃のことだった。
またとてつもない不幸が起こってしまった。
ママ洋子がクラブ・ブルームーン内で首吊り自殺をしてしまったのだ。
早出出勤してきた従業員が、クラブ内の壁から突き出た突起物にヒモをくくり付け、首を吊っている洋子を発見した。
霧沢もルリも、これには
洋子は二人の縁を結んでくれた恩人。そして誰よりも二人の婚約を喜び、結婚することを祝っていてくれた。
その洋子が開店前の午後五時頃に自ら逝ってしまったと言う。遺書にはプリントされた活字で「疲れた」と一言だけが書かれてあった。
愛人の花木宙蔵は前年の初夏にアトリエ・マンションで事故死した。いわゆる『花木宙蔵の密室・消化器二酸化炭素・中毒死』だ。
そして今回は『洋子のクラブ内首吊り自殺』。
確かに洋子は金銭的にも苦しく、疲れていたのかも知れない。
しかし洋子は、霧沢が博多への出張前にクラブを訪ねた時、「また新しいパトロンを見付けて、しぶとく生きてやるから、安心して」と言い放っていた。その意気込みは、シングルマザーではあったが、愛情を一杯注いでいる一人娘の愛莉がいるからだ。
不幸にも愛莉の認知は宙蔵にしてもらえなかった。だが愛莉のために一所懸命に頑張って生きていく、洋子はそう決心していたのだ。
霧沢はそんな洋子がなぜ自殺をしたのか、その理由がわからない。ルリも「どうしてなの? 洋子のバカ!」と叫び、霧沢に泣き崩れてきた。
ルリにとって、洋子は苦しい時を共に過ごし、同じ釜の飯を食べ、助け合ってきたいわゆる同志なのだ。いやそれ以上に、霧沢が海外を八年間ほっつき歩いていた時に、身体を張って心身ともに支えてくれた命の恩人だとも言える。
ルリは落ち込み、憔悴し切ってしまった。霧沢はそんなルリが心配で、アパートを毎日訪ね、誠心誠意ルリの面倒をみた。その甲斐あってか、徐々にではあるが、ルリは少しずつ元気を取り戻してきた。
その心の支えとなったのは、やはり六月に予定していた霧沢との結婚。ルリは、洋子の喪が明ける一年、それを待とうとも提案してきた。
しかし霧沢は譲らなかった。反対に、予定通り結婚することの方が洋子への供養にもなると考えていた。
一方警察は、『洋子のクラブ内首吊り自殺』、当然殺人事件としての可能性も考え、知人や関係者に対しての事情聴取を行った。霧沢もルリも、洋子を殺す動機はない。そして完璧なアリバイもあった。
その洋子が首吊り自殺をした日、霧沢とルリは自分たちの結婚式の式場やささやかな披露宴の会場を決めるため、午後から半日年休を取り、ホテル回りをしていた。
洋子が自殺をした午後五時頃、京都御所近くにある小さなホテルで、少し値は張るが、一生の思い出となるブライダル・プランの予約手続きをしていた。
皮肉なものだ。洋子が自殺した、あるいは殺害されたとしても、その時間帯に、二人は華やいだ気分でスタッフからの説明を受け、それに聞き入っていたのだ。
ルリはこんな自分たちの振る舞いを責め、余計に落ち込んだ。しかし事実として、二人にはこんなアリバイがあったのだ。
そして事情聴取は他の友人たちにも執り行われた。
そんな中で、一つの秘め事が白日の下に晒されたとまではいかないが、当局や関係者の知るところとなった。
それは老舗料亭の女将の花木桜子と画廊経営の滝川光樹の旅行。
二人は車で伊豆の温泉へと二泊三日で出掛けていた。そして洋子が自殺をした午後五時頃、その帰途にあり、名神高速道路を走っていたと言う。
霧沢が耳にした二人の行動はおよそのところ次のようなものだった。
洋子が誰もいないクラブ内で首吊り自殺をしたその当日、桜子と光樹は京都へ帰るために、朝に伊豆の宿を立ち、午前十一時頃に沼津インンターチェンジから東名高速道路に乗った。
その後しばらく走り日本平パーキングエリアに立ち寄った。
そこで土産物を買い、軽い昼食を取った。
そして午後一時前に出発した。
あとはトイレ休憩などを取りながら、日本平パーキングエリアを出てから約五時間強を掛けて京都へと戻ってきた。
京都市街への名神高速道路からの出口は東京寄りの京都東インターチェンジと、大阪寄りの京都南インターチェンジの二つがある。
桜子と光樹は午後六時頃にその大阪寄りの京都南インターチェンジの料金所を通過していた。そして国道一号線へと下り、市内へと向かったと聴取された。
それが事実だとすると、遡ることその一時間前、洋子が自殺した午後五時頃の時間帯は滋賀県の彦根辺りを走っていたことになる。
当然このアリバイに対し、警察は裏を取った。
まず日本平パーキングエリアの土産店の女性店員は「いろいろとお土産の味なんかの説明を求めてこられましたわ。そして二人で二万円くらい買い物されましてね、たくさん買って頂いたものですから、しっかりと憶えていますよ。そうですね、それは午後一時前くらいのことでしたわ」と証言した。
さらにそれに加え、桜子と光樹の二人は名古屋を走り過ぎ、岐阜県の養老サービスエリアにいたことが、同じように土産物店の店員により確認されたのだ。
そして、京都南インターチェンジの料金所の係員は「ああ、このお二人さんですか、支払い時にお札を風で飛ばされましてね、運転席の女性が車から降りて取りに走られましたよ。危ないから私が制止に入り、取りに行きました、だからよく憶えてますよ」と証言した。
これで桜子と光樹の足取りは、沼津インターチェンジ、日本平パーキングエリア、養老サービスエリア、京都南インターチェンジとそれぞれの四つ点が線で繋がった。
これにより桜子と光樹のアリバイは完璧に成立したのだった。
それにしても『洋子のクラブ内首吊り自殺』、霧沢は腑に落ちなかったし、信じられなかった。
まず洋子には自殺する理由が見当たらなかったのだ。洋子は一人娘の愛莉を残し、自ら命を絶って行くような女性ではなかった。
やはり誰かに殺されたのではないだろうか?
ひょっとして、宙蔵の事故死の周りにいた桜子と光樹、彼らがこれに絡んでいたのではなかろうか?
そんな疑いを持ってはみたが、二人には崩せないアリバイがあり、自殺を否定する答は見付からなかった。
その後、霧沢は忙しくもあり、宙蔵の密室内事故の時と同じように、その謎解きを専門の誰かに頼み、解き明かして欲しくもなった。
しかし現実には、当局がすでに自殺と断定してしまったこと、そんな依頼をすることも諦めざるを得なかったのだ。
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