第十三幕 ④

 外は青空が広がり、暖かい日差しが窓から差し込んでいた。

 未来は洗濯物のかごを抱え、ベランダの窓越しにその空に目を細めた。窓を開

け、ベランダに置かれた台の上にかごを置いて、洗濯物を干し始める。洋司と二

人だけなので、量はそれほどでもない。

 空はどこまでも青かった。遠くの方で、川面が陽光にきらめいているのが見え

る。

 風が吹いていた。干した洗濯物がはためく。

 未来は飛ばないようにしっかりと洗濯ばさみでハンガーを留め、干し終わっ

た後も、しばらくマンションのベランダから見える光景に目を向けていた。

 あの夜、侑歩に助けられてから、長い時間が経った気がする。

 演劇部に入り、講演会を終えるまでの数ヶ月間が、ひどく長く感じられた。

 もう、侑歩とはクラスメートという以上の関係はない。未来から手を離した。

たった一週間ほど前のことなのに、まるで何ヶ月も前の出来事のようだ。

 涙は、流したいだけ流した。また、思い出しては泣いてしまうかもしれないけ

れど、前を向くことを自分で決めた。

 カラカラ、という音がして、洋司が窓から顔を出した。

「未来、どうしたの?」

 風に煽られ、寒そうな顔で未来を見ている。

「ううん、いい天気だな、と思って」

 未来の言葉に、洋司も空を見上げた。眩しげに目を細めている。

「寒いから、中に入りなよ」

 洋司は手招きするように部屋の方に手を広げて、未来を誘った。頷きながら、

洗濯かごを持って、未来も部屋の中に入る。

「冷たい…」

 洋司は未来の頬に手を伸ばし、手の甲で愛撫するように触れた。そのまま、未

来を自分の方に引き寄せる。

「洋ちゃん、お昼は何が食べたい?」

「未来が作るなら、何でも」

 そう、と頷いて、未来はその胸にかぶりを寄せた。

 洋司は、講演会の後も何も聞かなかった。

「若いのに、ヨーロッパのキリスト教文化をよく表現していたね」

と、侑歩の脚本を褒めただけだ。

 未来が演劇部の手伝いを辞める、と話しても、そう、と頷いただけだった。そ

の表情からは、彼の気持ちは何も推し量れなかった。

 けれど、気がつかなかったはずはない。

 未来が誰を好きだったのか、洋司はきっと気付いていただろう。彼のしまい込

んだ想いに胸が疼いて、未来は洋司への自分の愛情に気付いた。

 この人と生きていく───。

 そう、心の奥深いところで決心していた。

「じゃあ、準備するね」

 未来が微笑むと、柔らかい笑みが返ってくる。

 こうして、お互いを慈しみながら、きっと二人は夫婦になっていくのだろうと、

未来は静かな気持ちで思うのだった。

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