第十二幕 ④

 ──本当は、あのセリフは、侑歩こそが言ってほしいと思っていたものだ。未来は救われた、と言っていたけれど、救われたかったのは侑歩だ。そういう思いで、書き上げた脚本だった。そのことを、多分、加藤は知っている。

「俺、俺、…普通の男に生まれたかったなぁ」

 そうしたら、もっと未来に縋れたかもしれない。自分を選ぶように、言えたかもしれない。けれど、現実は、言えなかった。不安定な性を持つ自分を、選んでくれ、とは言うことができなかった。自分が、中間性であることを、彼女に告げることすらできなかった。

 遠慮がちに、ドアをノックする音がした。

「入っても大丈夫?」

 入り口に、どんぶりを二つ、お盆に載せた母が立っていた。

「ああ、うん。平気、」

 二人で座り直して、テーブルに侑歩の母がどんぶりを置くのを眺める。

「何にも食べてないから、うどんにしたんだけど…亮君と一緒なら食べられる

かも、って思って」

「うん、ありがと」

 お箸を二膳置いて、「お茶かなんか、持ってくるから」と、母が立ち上がる。

「いいよ。お茶はある。それより、お願いがあるんだけど」

 膝を戻して、母が侑歩を見た。

「次の外来、一緒に来てほしいんだ。…俺、生理が来て、それで、先生が親を連れてこいって…」

 母はしばらく黙っていた。

「外来はいつ?」

「…来週の木曜日」

「分かった、有給、頼んでみる。…生理のこと、話してくれて、ありがとう。亮君も、ありがとうね」

 そう言って、軽く頭を下げる。

「あ、の…俺も一緒に行っていいですか、外来」

 遠慮がちに加藤が訊いた。逡巡するような間があって、侑歩の母は頷いた。 

 加藤が安堵の息を漏らす。そんな加藤につられるように、侑歩もホッとした。

「じゃあ、食べ終わったら、廊下に置いておいてね」

 母は立ち上がり、部屋を出て行った。それを見送って、

「…よかったな」

と、加藤が侑歩に振り返る。侑歩は黙ってうどんを食べ始めた。加藤もうどんに手をつける。

「…なんか、うちの母親、誤解しているかもな」

 ちるる、とうどんを吸い上げながら、侑歩が言った。

「え?」

「お前のこと、彼氏と思ってるかも」

 加藤は食べていたうどんを噛まずに飲み込んでしまった。ぶほぶほっと咳き

込んで、胸を叩く。侑歩が慌てて入り口に置いたボックスからペットボトルを取り出して、加藤に渡した。

「あーっ、死ぬかと思った」

「…面倒だし、訊かれたら、違うって言っておくな」

 すっかり、いつものように表情を変えない、クールな侑歩に戻っていた。加藤は安心して、またうどんを食べ始めた。 

 

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