第十二幕 ③
侑歩は、二日間学校を休んだ。
一日目は、泣き過ぎたせいか、どうしても起きられなかった。二日目は、惰性で休んだ。
演劇部の公演会は成功したのに、自分は彼女を失った。いや、彼女でもなかったのかもしれない。あの男の人の奥さんだったのだから、自分たちの関係は、不倫、あるいは愛人関係だったのだ。
そう考えて、おかしくなる。
(ミクと俺が不倫?愛人?…あんなに、純愛だったのに?)
高校生が恋愛しただけで不倫になるなんて──侑歩はふふふ、と笑い出した。
その目尻からまた涙がこぼれ落ちる。それを拭いながら、ベッドの上で、また目を閉じた。永遠にこのままここで寝ていたい、と思った。
と、不意に部屋のドアが叩かれる。
「侑歩?」と言う母の声がした。
「なあに?」
起き上がることもせずに、応える。少し間があって、部屋のドアが開いた。
「亮君が来たから、」
そう言って、侑歩の母は彼女の後ろにいた加藤亮を部屋に通した。いつもとは違った様子で、加藤が遠慮がちに入ってくる。
「おやつ持ってくるね」
母はドアを開けたまま、部屋を出て行った。
加藤が様子を窺うようにロフトに近付き、ベッドに横たわる侑歩の顔を覗き
込んだ。
「侑、大丈夫?」
「そう見える?」
ううん、と加藤は首を横に振った。
「ちょっと待って。今、降りる…」
ごそごそと起き上がって、侑歩はロフトの階段を降りていった。そのまま、ドスンとソファに腰を下ろす。おずおずと加藤が側に来て、侑歩の隣に座った。
「…なんか、あった?」
侑歩はしばらく無言で座っていた。痺れを切らした加藤が、侑歩により寄り添うように体を預けてくる。いつもなら、鬱陶しいと払っていたかもしれない。
「未来ちゃんとなんか、あった?…彼女、演劇部辞めるって、言ってきたんだけど、」
そっか、と侑歩は頷いた。
「驚かないね、知ってたの?」
うん、と頷く。「俺ら、別れたから…」
言いながら、この言い方が正しいのか、分からなかった。果たして、自分たちは付き合っていたと言えるのだろうか。
加藤は、なんで、とは訊かなかった。侑歩の諸々の事情を考えて、訊いてこないのだろう。不倫の話は、したくなかった。あの子が必死で隠していることを言ってしまいたくない。
「俺が、本当に、ちゃんと男だったら、違ってたかもなぁ」
呟くように、侑歩が言った。
加藤が侑歩を見る。まるで誰かに打たれたかのような、やるせない顔をしている。
「そういう顔、するなよ。俺が、男じゃないのは、事実じゃん」
ま、女でもないけど、と付け足す。加藤が体を起こして、侑歩に向かい合った。
「でも、でも、俺は侑歩がどっちだとしても、受け入れるよ。男でも、女でも、侑歩は侑歩だから。神様が侑歩をそういう人間に作ったんだから、それでいいんだって思うよ!」
ガバッと、加藤は大きな体で、侑歩を抱きしめた。その、あまりの強さに息苦しくなって、加藤の体を押し戻す。
「ちょっと、苦しい」
「あ、ごめん」
加藤は力を緩め、侑歩の頭と腰に手を回して、優しく抱き直した。
「あのさ、お前はエリクシオで、ミラマール公子じゃないんだから、そういうセリフ、言うな、」
もぞもぞと加藤の腕の下で呟く。「泣きたくなるから」
加藤は何も言わずに、侑歩の頭をとんとん、と優しく叩いた。
侑歩の目から涙が零れた。
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