第十二幕 ②
侑歩の気持ちを察したように、未来は側に立ち、侑歩の手を取った。
「責めていいよ。裏切ったって言われても、言い訳できない。…侑歩君にも、洋ちゃんにも、ひどいことをしたって、思う…」
未来はそこで言葉を切った。俯いて、侑歩の手を強く握る。その肩が震えて、ぱたぱた、と地面に涙がこぼれ落ちる。
ズズッと鼻を啜る音がして、未来が顔を上げた。
「へへ、これだけ、言わせて…」
涙を堪え、懸命に笑おうとして見せる。侑歩の目からも涙が流れ落ちた。
「私、侑歩君のこと、好きだった。侑歩君は、私が初めて本当に好きになった人なの」
「俺も…」
侑歩は全てを言えずに、未来を引き寄せた。ぎゅっとその細い体を抱きしめる。
未来は侑歩の肩に顔を埋めてきた。
未来に、訊きたいことはたくさんあった。言いたいこともあった。自分のことも告げたかった。けれど、何も言えなかった。何も言えずに、彼女の肩を抱いて、ベンチに座り直した。
「…俺たち、終わりなのかな…」
未来の肩が小さく震えた。しばらく嗚咽がしていた。そっと、彼女に自分のフェイスタオルを渡す。
「…洋ちゃんは、私を救ってくれた人なの。私に家庭を与え、安心できる場を与えてくれた。ずっと、兄のように思ってた。でも、そうじゃなかった。彼は、私を待っていたの。私が大人になるのを」
「どういう意味?」
「…洋ちゃんは、児童福祉の仕事を目指していたから、養護施設にいる子供のこと、よく分かってたの。性的虐待を受けた子や、親に愛されなくて彼氏に依存しちゃう子、それで妊娠しちゃったり…そういう現実をよく理解していた。だから、私にそういうことを強要することは絶対なかった。私は、それを保護者だからだと、勘違いしていたの」
「彼が、ミクを好きだから結婚したって、思わなかったってこと?」
うん、と未来は頷いた。そして、泣き笑いのような表情を浮かべる。
「でも…それでも、侑歩君のことは、言い訳できない。…私、演劇部、辞めようと思うんだ。侑歩君には感謝してる。たくさん、いい思い出をもらった…」
侑歩は言葉にならず、彼女の目尻に唇を寄せた。冷たく、しょっぱい味がした。
初めて好きになった女の子を、自分は失ってしまうのだ、と頭のどこかで冷めた自分が考えている。それでいながら、いつまでも彼女を離したくないと希求している自分もいた。
「侑歩君、大好きだよ。…ありがとう」
侑歩が惹かれて止まない、未来の大きな瞳が彼を見ていた。
「うん、俺も、」
その先は言えなかった。未来が立ち上がる。躊躇うような沈黙があって、未来は踵を返した。
その後ろ姿を見送ってから、侑歩はベンチに座ったまま、人生で初めてだと思うくらい泣いた。これ以上ないくらいに、後から後から涙が出てきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます