第十一幕 ④
公演会の打ち上げは、会場近くのファミレスに皆で集まった。侑歩は、その打ち上げを途中で抜け、店から少し離れた場所で未来を待っていた。他の部員に勘ぐられないように、別々に店を出ることにしたのだ。
侑歩は落ち着かない気持ちで、未来がやってくるのを待った。
公演は成功し、劇が終わった直後はその高揚感で一杯だった。けれど、未来の兄という人物が現れ、一瞬にして不穏な気持ちに変わった。
未来の兄は、かなり年が離れていて、大人の男を感じさせる人だった。未来に寄り添い、彼女を気遣うその仕草に、兄妹以上の愛情を感じた。兄妹に嫉妬するなんて馬鹿げている。そうは思うが、帰り際の、彼が侑歩に向けた眼差しが忘れられない。
「侑歩君、お待たせ」
タイミングをずらして店を出た未来がやってきた。
「うん。行こう」
二人並んで歩き始める。何となく、沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは未
だった。
「今日の公演、本当に素晴らしかったよ」
と言って、ふわりと笑う。その笑顔に、侑歩も少し気持ちが和らいだ。
「すごくロマンチックなお話で、奈緒ちゃんじゃないけど、侑歩君が作ったなんて、ちょっと意外な感じがした」
ふふふ、とおかしそうに笑う。
「特に好きだったのは、ミラマール公子のセリフ」
くるり、とスカートを翻して侑歩に対峙するように立ち止まり、ゆっくりと劇中のセリフを朗誦し始めた。
「どんな傷を負おうとも、貴女が汚れなく美しい魂の持ち主だということには変わりない。貴女は、私をたぶらかそうとする、娼婦ではないし、男でもないし、悪魔でもない。そんな傷があろうとも、貴女は人の姿を持つ、うら若き乙女ではないか。その傷がそんなにも忌まわしいというのなら、それは神があなたを見つけるためにつけた聖創(せいそう)と思おう。私があなたを見つけられるように、神があなたにその聖なる印をつけたのだ」
覚えちゃった、と未来は笑った。
「すごいね、侑歩君。これを聞いて、すごく肯定された気持ちになったよ。すごく救われた。私が私でいいんだって…」
ふふ、と笑う未来の目から不意に涙が零れた。驚いて、侑歩は未来を見返す。
「…ありがとう。すごく、楽しかった」
笑っているのに、なんて悲しそうな声で言うのだろう、と思った。思わずその手を掴み、自分に引き寄せる。未来は抗うことなく、侑歩に身を寄せた。
とん、と二人の体が触れあい、未来の目がゆっくりと上がって侑歩を捉えた。
「ミク…」
まばらに人通りがあったけれど、侑歩はその唇に自分の唇を寄せた。
柔らく濡れたような感触に、体の奥が熱を持つ。もっと触れたいという衝動を、侑歩は理性で抑えた。唇を離し、彼女の濡れた瞳を覗き込む。
未来が口を押さえ、俯きがちに侑歩から体を離した。その恥じらっているような仕草をも愛しいと感じる。
「ごめん」
うん、と未来は頷いただけだった。
しばらく、侑歩は未来の様子を窺っていた。未来は侑歩から顔を背けたままだ。諦めて歩き出そうとした時、侑歩のブレザーの袖を未来の指が摘まんだ。
「侑歩君、」
「何?」
未来は何かを言いかけて言い淀む。侑歩が待っていると、未来は意を決したように、侑歩の方を見た。
「…あのね、話があるの」未来の鞄を持つ手に力が籠もっていた。
「明日、放課後、時間くれないかな?」
侑歩は、未来の真剣な眼差しに少し圧倒された。うん、とだけ頷く。
未来がホッとしたように笑った。その笑い方が寂しそうで、胸が痛くなる。
未来を見ていると、愛おしいという気持ちで一杯になる。こんな風に、誰かを守りたい、と思ったことは今までなかった。
彼女を守りたい。それだけでなく、彼女に触れたかった。
侑歩は自分に生まれた想いに、もどかしいやるせなさと居たたまれぬ後ろめたさを感じていた。
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