第十一幕 ③

「未来」

 未来が舞台から帰ってきた演劇部員とともに話し込んでいると、少し頬を紅潮させた侑歩がやってきた。

「侑歩君」

 珍しく笑みをたたえている。

「どうだった?」

「うん、すごくよかった。通して観たのは初めてで、すごく感動した」

「よかったよ、高遠。すごくロマンチックで、面白かった!」

 そばにいた奈緒も興奮した様子で侑歩に話しかける。

「すかしたあんたが書いたとは思えない内容だった」

 奈緒の言い分に侑歩が苦笑いする。未来も思わず笑ってしまった。

「俺は?俺のダンスはどうだった?」

 加藤が割って入ってきて、更に場が和む。舞台を終えた高揚感も手伝って、普段よりみんなテンションが高めだった。

「ミクに見せたかったんだ。喜んでもらってよかった」

 侑歩が未来にだけ聞こえるように小さな声で囁く。未来は思わず顔を赤く染めた。それを隠すように、俯く。その時、とんとん、と誰かに肩を叩かれた。

 振り向くと、そこに洋司がいた。

「洋ちゃん、」

 驚く未来に、洋司が微笑んで見せる。

「来てたの?」

「うん、途中からだったけどね」

 突然現れたスーツの男に、周りの学生は一歩引いて二人に視線を送った。それに気づいて、洋司が頭を下げる。

「あ、いつも未来がお世話になってます、澤村です」

 洋司が名乗ると同時に、奈緒が「あ」と手を口に当てる。

「未来のお兄さん?」

 奈緒が言うと、洋司はにっこりと笑った。未来の横に立ち、未来の腰にそっと手を添える。未来もそれに合わせるように、「兄です」と、みんなに紹介した。

「ええー」と言う声が上がって、部員達が騒ぎ始める。

 未来は自分の言い方が変ではなかったか、内心ドキドキしていた。高校の友達に、洋司を兄と紹介したのは初めてだった。

 思わず、ちらりと侑歩の反応を見てしまう。未来の視線に気づいて、侑歩も洋司から未来に視線を移した。

 二人の目が合い、未来が先に逸らした。部員達に優しく対応している洋司に目を向ける。

「洋ちゃん、仕事は?」

「ああ、未来がこのまま帰るなら、送ってから戻るよ」

 洋司はどうする、と問うように未来を見た。

「…私、奈緒ちゃんやみんなと打ち上げに行くから、まだ帰れない」

「何時に帰る予定?」

「帰る時連絡する。夜ご飯は準備してあるから」

「分かった、気をつけて」と洋司は言って、未来の頭にポンと手を置いた。それから演劇部の学生にもう一度頭を上げ、踵を返す。

 洋司の背中に手を振りながら、未来はつきんと胸が痛むのを感じた。こんなによくしてくれる洋司に、自分はひどいことをしている。その優しさを裏切り、別の男の子に心を奪われている。遠ざかるその背に縋って、謝りたい気持ちで一杯になった。

 そんな未来の気持ちを察したかのように、洋司が振り返る。その目は、未来を捉え、その後ろに立つ侑歩を捉えた。瞬間、侑歩と洋司の視線がぶつかり合う。けれど、すぐさま未来に手を振り返して、洋司はロビーを抜け、出口へと去って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る