第九幕 ②

「来週の未来の誕生日はどうする?」

 車で未来を迎えに来た洋司が、運転をしたまま未来に訊いた。

 最近演劇部の練習に付き合って、未来の帰りは遅くなることが増えている。未来を心配した洋司が迎えに来ることも、前以上に増えた。

「うん、公演前で、そんなに早くは帰れないかも」

 ちらり、と洋司が未来に視線を向ける。

「じゃあ、迎えに来るから、そこからレストランに直行する?予約しておこうか」

 うん、と未来は気のない返事を返した。

「公演は再来週?」

「そう、洋ちゃんも観に来る?」

 未来が洋司に目を向けると、丁度ウィンカーをつけて、右折しようとしているところだった。洋司はそつなく右折して、赤信号で止まった。

「未来の高校は結構演劇が盛んなんだよね。未来が描いた舞台背景やあの衣装も見てみたいな。クライアントと都合がつけられるといいんだけど…」

「そっか、そうだね」

 洋司にとっては、未来の誕生日の方が大事なのだろう。未来の誕生日には、仕事を入れたことはない。

 洋司には大事にされていると思う。

 マンションに着くと、洋司は未来を入り口まで送って、一人で車を地下の駐車場に入れに行った。未来はエレベーターに乗って、先に部屋に帰る。

 部屋に入り、電気とエアコンのスイッチを入れる。キッチンに立って夕飯の準備をしていると、洋司が帰ってきた。

「今日は何?」

「遅くなったから、この間作ったカレーを使って、カレードリアと野菜スープかな」

 ふうん、と言って洋司は未来のそばにやってきた。キスをして以来、洋司の未来に対する距離感は近い。

 洋司は隣に立って、料理をしている未来の髪に、手を伸ばしてくる。

「ねぇ、未来?」くるくるとカールした未来の髪を弄びながら、

「ほんとの奥さんになるのは、そういう気持ちになってからでいいからね」

と洋司は言った。

 未来は手を止めて、彼を見た。

「そういう気持ちって?」

「僕とそうなってもいいって気持ち」

「それまで待つってこと?」

「だって、これまでも待ってたから」

 洋司はそう言って笑った。

 未来の様子がおかしいのは、そのことを悩んでいるせいだと思っているのだ。未来が二股を掛けているなんて、思ってもいないに違いない。

 確かに、未来は悩んでいた。侑歩を想ったままで、洋司を受け入れることができるのか。洋司とこれからも一緒にいられるのか。

 洋司は未来にとって唯一の家族だ。彼のお陰で未来は安心して生きていく場所を見つけた。


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