第八幕 ②

 未来が部活を終えて家に帰ると、既に洋司が家にいた。

「おかえり、遅かったな」

「うん、演劇部、寄ってて」

 未来はマフラーを首から取って、リビングの隅にあるポールに引っかける。

「ご飯、準備するね」

 学校鞄を置いて声を掛けると、洋司が「シチュー作った」とキッチンを指さした。見れば、大きめの鍋がコンロにかかっている。

「洋ちゃん、食べた?」

「いや、一緒に食べようと思って待ってた」

 自分が飲んだコーヒーカップを手に、洋司がやってくる。それを受け取って洗っていると、洋司が未来の顔を覗き込んできた。

「何?」

 戸惑う未来を見つめ、唇に手を触れる。そのまま、つう、と指先で唇をなぞった。

「唇、赤くない?」

 どく、と心臓が波打って、思わずカップを取り落としそうになった。

「え、そう?寒かったからかな?」

 未来はごまかすように笑って見せた。洋司が未来を見つめる。

「最近、ちょっと、未来、変わったよね」

 シンクにカップを置き、洋司の方に体を向ける。

「どこが?」

「うん、なんか、大人びたっていうか、綺麗になった気がする」

 洋司は言いながら、未来を囲うように、両手をシンクについて彼女を動けないようにした。

「ほんと?綺麗になった?」

「うん。なったよ。未来も、もう十八歳だもんね」

 いつもと雰囲気の違う洋司の様子に、未来は戸惑った。

「あの、洋ちゃん、これじゃ支度できないから、退いてくれる?」

 ちょっと押すように、洋司の胸に手を掛ける。洋司はその手を取り、未来に更に近付いた。

「ねぇ、もう十八だから、キスしてもい?」

 ドクン──未来の心臓が鳴った。驚いて洋司の顔を見上げる。

「来月で十八だよね。未来に、キスしてもいい?」

 ダメ、とは言えなかった。洋司は、未来の夫だ。そういう関係ではなかったけれど、洋司が求めれば、ダメと言うことはできない、と思っていた。

 未来は頷く代わりに目を閉じた。数秒経って、洋司の唇が押しつけられた。侑歩とは違った、少し堅い、大人の男の人の感触。

 目を開けると、洋司が見ていた。

「未来が十八になったら、奥さんにしてもいい?」

 熱のこもった目で未来を見てくる。けれど、いつも通りに優しい言い方だった。

 未来の目にみるみるうちに涙が浮かんできて、頬を流れ落ちていった。それを唇で受け止めて、洋司はもう一度、彼女にキスした。

 

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