第八幕 ①

 その日、侑歩は手を繋いだまま、ずっと未来にキスし続けた。

 キスしたまま、溶けてしまえばいい、と思った。二人を隔てる境界線が消え、二人の存在が一つになることを願った。

 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、未来が少しだけ体を離して、侑歩を見た。

「予鈴が鳴ったよ。行かないと、」

 うん、とは応えたけど、未来の手を離したくなかった。未来の目を見つめ、唇をチュッと吸い上げる。未来が唇を開いた。その中に、自分の舌先を割り入れる。舌で唇の裏側を舐め上げ、彼女の舌を吸った。

 未来の息が、魅惑的に上がった。

 侑歩の体をアドレナリンに似た興奮が駆け巡る。

「侑歩君、行かない、と」

 言いながら、未来がそう思ってはいない、と言うことが伝わってきた。

「さぼろう」 

 ちゅっちゅ、と唇を吸いながら侑歩が言うと、未来は頷いた。

 二人で初めて授業をさぼった。

 おでこをつけ、手を繋ぎ、教室の壁にもたれて座った。空き教室の窓の下、長めのカーテンと教室に並んだ机に隠れて、廊下側から二人がいることは分からないだろう。

「あのね、私の秘密を聞いてくれる?」

 囁くように、未来が言った。

「何?」

「私ね、ほんとは、みく、って言うの」

「みく?」

 うん、と未来が頷く。

「高岡未来(たかおかみく)、漢字は同じ未来って書くの。私、子供の時、親と一緒に住んでなくて、今の保護者に引き取られる時に、読み方を変えたんだ。新しい人生の始まりだって」

 静かに、未来が自分の出自について語る。

「じゃあ、二人の時は、ミクって呼んでいい?」

「うん、呼んで」

 秘密の共有は、侑歩にとっても甘美だった。誰も知らない、未来の名前を二人だけで共有するのだ。

 本当は、侑歩も未来に言ってしまいたかった。自分の性のことを。自分が中間性を持った半陰陽だということを。正直に告げられたら、どんなに楽だろう。けれど、それで未来を失うのも怖かった。

 今、この腕の中にある少女を失いたくない──それは、侑歩をどうしようもない気持ちにさせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る