第六幕 ③
「この後、ちょっと、彼と話してもいいですか。生理のこととか、説明したいので、」
高井が言うと、伊藤は快諾して処置室の使用を許可してくれた。
侑歩を連れ立って、受付前の処置室に行く。椅子を二脚用意して、侑歩に座るよう促した。
「実はね、僕が今日ここへ来たのは、君を診るためだったんだよ」
緊張を解こうと、たわいない話から始める。
「そうだったんですね」
「最近、変わったことはなかった?」
「…というと?」
侑歩が他意のない目で高井を見てくる。この手の話にはコーヒーがほしいな、と思った。
「ええと、つまり、恋人ができたとか、好きな人ができたとか、そういう…」
高井が言い始めると、侑歩の白い頬がピンク色に染まった。その反応を見て、ああ、と得心する。
「す、好きな人はできました。それと、この生理は関係があるんですか?」
「うーん、そうだね。関係ない、とは言えないかな。性が成熟してきたせいで、そういう感情が生まれる、ということもあるし。…生理について、お母さんに教わった?」
侑歩は首を振った。彼の表情が暗くなる。
「じゃあ、看護師に説明してもらう?…ナプキンしてるんだよね?使い方は分かった?」
侑歩はまた首を振った。「大丈夫です。知り合いのお姉さんが教えてくれるので」そう言う彼の手は、膝の上でぎゅっと閉じられている。
「ああ、そうなの。生理の意味は分かるよね」
侑歩が顔を上げる。
「生理が来ると言うことは、君に女性としての機能がある、ということなんだ。だから、その、好きな人がいる場合、避妊をする必要があることも覚えておいてもらえるかな?」
侑歩はきょとんとした顔で高井を見上げていた。高井の告げたことに反応できないでいるようだ。
ポリポリと、高井は頭を掻いた。
「因みに、侑君の相手はどっちなの?」
これは理解できたようだ。
「女の子です」
という答えがすぐに返ってきた。それを聞いて、高井は複雑な気持ちになる。
女の子が好きなのに、自分が女性化し始めるなんて、混乱しているに違いない。
「性の成熟と、性の趣向は一致しないものだから、大丈夫だよ」
気休めにもならないことを口にしているな、と思った。思ったが、そんなことくらいしか言ってやれない。
「僕は、女の子になるんですか?」
侑歩が訊いた。
「…それは、画像を見てみないことには何とも。でも、君の染色体は男女両方の特徴を持つモザイクだから、どちらの要素もあることには変わりないよ」
「それは、どっちにもなれるってことですか?」
高井は返答に困って、侑歩を見た。
「まだ、どっちになれる可能性があるか、今は言えないかな」
高井の答えに侑歩は大きく嘆息した。彼の気持ちが楽になるようなことを言ってやれればいいが、医師としてそういう訳にもいかない。
「他に、困ったことはある?」
高井が問うと、侑歩は首を横に振った。
「じゃあ、また、次の外来で」
ポンと高井は侑歩の肩に手を置いた。高二の男子というにはほっそりした体つきをしている。顔立ちもきれいだ。それでも、女子というには丸みが少ない。今時の男子、と言えばそう見えた。
彼は、男の子として生きていきたいのだろう。
「次回は親御さんにも一緒に来てもらえるように頼んでみて」
医師というのは、限りなく嫌な役回りだな、と思いながら、高井は侑歩にそう告げた。
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