第六幕 ②
高井は、久しぶりに会った高遠侑歩の電子カルテを覗いていた。
今日呼ばれたのは、彼の診察に立ち会うためだ。彼の現在の担当である、伊藤医師からの依頼であった。
電話で、「生理が来た」と告げられたらしい。男性性器専門である伊藤には、扱いにくい症例だったのだろう。元から彼を診ていた高井が呼ばれた。
「侑君、モザイクタイプだったよね?」
通りかかった担当の伊藤に確認する。伊藤が頷いた。
侑歩の病気は性分化疾患と呼ばれるものだ。約二千人に一人の割合で生まれてくる。この病院には専門の部門がないので、それぞれの症例に合わせて、産婦人科と泌尿器科で扱っている。侑歩は二次性徴の途中だったが、男性器と未分化の精巣もあるので、中学生の後半から泌尿器科に移動した。侑歩の子宮は未発達で、機能するとは思えなかったからだ。
最近は外来で性ホルモンの投与を受けるだけの治療、と書かれている。
ふうむ、と高井は唸った。本当に生理が来たなら、今後の診療方針を改めなければならない。担当医の伊藤とも相談した上で、侑歩をどの科で扱うかを決めなければならないだろう。
その後、三〇分ほどして高井は伊藤と共に侑歩を診察した。元の科での高井の診療があるので、繰り上げて彼を診ることになったのだ。
診察室に呼ばれた侑歩は緊張した面持ちで、椅子に腰掛けた。いつもの診察に、高井が同席したことも増長したかもしない。
「生理はいつ来たのかな?」
伊藤が問診を始めた。
「昨日の朝方早く、です。ずっと変な腹痛があって、それが一昨日からひどくなって、家に帰れなくて友達の家に世話になってたら、朝方…」
カチャカチャという、伊藤がパソコンのキーを叩く音が響く。問診は続いた。
「出血はどれくらい?今もあるの?」
「…はい。だらだらと続いている感じです」
「ナプキンはしているの?」
「はい、一応」
「お腹は痛い?」
侑歩は頷いた。
「すみません、高井先生、ちょっと診てもらえますか?」
伊藤に言われて、高井は侑歩を診察するために、彼をベッドに寝かせた。
看護師に腹部が見えるように侑歩の服をずらすよう指示する。へその下辺りに手を当て、こり、とした部分を指の腹で抑えた。
「痛いのは、この辺?」
侑歩が顔を歪めて、首肯する。
「吐き気もある?あと、腰の痛みとか?」
また、頷いた。
ごめんね、と言って、高井は侑歩の胸も触診した。少しの弾力と、こり、とした感触を確かめる。
「はい、終わり。座って」
触診を終え、侑歩に座るように指示する。高井はもう一脚椅子を用意するとそこに腰掛け、侑歩に向き合った。
「まあ、普通に見て、生理、で間違いないね。侑君は、性染色体がモザイクのタイプだったよね。前に画像を撮ったのは子供の頃だから、CTとMRIを撮ろう。どんな風に性器が生長しているのか、見てみないと」
隣で自分を診ている伊藤と侑歩の双方に、自分の診断を伝えた。
「伊藤先生、今後の診療方針については、その結果を踏まえて、でいいですか?」
「ええ、分かりました」
伊藤が頷くのを待って、
「次の診療はどっちの科で診ます?産婦人科に移してもいいですか?」
と訊いてみる。
「画像を見て判断しましょう。取りあえずは、次までは泌尿器科で」
伊藤は、侑歩に都合を聞きながら、電子カルテからCTとMRIの予約をして次の診察日を決めた。
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