第五幕 ②

 朝方、下腹の痛みで目が覚めた。きゅう、と体の奥が締め付けられる。

 侑歩は起き上がり、二階のトイレに駆け込んだ。

 お腹が痛い。じっとりと汗をかく。しばらくトイレに籠もった後、水を流して、立ち上がった。つう、と体の内側を何かが降りる感覚に、驚いて便器を覗き込む。侑歩はそのまま固まった。

 便器に赤いシミがあった。

「りょ、亮ちゃん!」

 思わず、大声で加藤を呼んでいた。いつもと違ってすぐに異変に気がついて、トイレに来てくれる。

「どうした?お腹、まだ痛い?」

 トイレに座り込む侑歩の後ろから便器を覗き込んで、加藤も固まった。

「え、これ、え?」

 便器と侑歩を見比べる。その後、すぐに加藤は姉のところに飛んでいった。

「なによう、まだ早いじゃないの・・」

 寝ぼけ眼で加藤に連れられてきた綾香は、トイレにへたり込む侑歩に目を向けた。

「何、どうしたの?」

 加藤が綾香に便器を指さす。そこにある赤いシミを見て、綾香は完全に目を覚ましたようだ。

「え、何?侑、生理来た?」

 綾香は素っ頓狂な声を上げ、侑歩を見た。

 侑歩は頭を振る。

「いや、これ、どこから出たの?」

 侑歩を一人残し、加藤と綾香はトイレを出てタオルや着替えを取りに行った。綾香は取りあえずナプキンも取ってくる。それらをトイレにいる侑歩に渡し、侑歩がトイレから出てくるのを待った。

 ジャーと音がして、侑歩がトイレから姿を現した。白い顔が更に真っ白になっている。

「シャワー浴びる?さっぱりしたいでしょ?」

 綾香の勧めで、侑歩は加藤家の風呂を借りることにした。

 侑歩が風呂から上がると、居間で綾香と加藤が待っていてくれた。

「ほら、飲みな」

 ソファに座る侑歩に、ホットミルクを渡してくれる。加藤には自分と同じほうじ茶を渡した。三人でソファに座ってそれを飲む。

「侑、何だった?」

 沈黙の後で、加藤の姉が訊いてきた。

「・・・多分、生理」

 え、と驚いた顔で侑歩を見る加藤と対照的に、姉の綾香は得心した顔をした。

「前にもあった?」

「・・初めて」

 そっか。と綾香はほうじ茶を口に運んだ。

「病院、行くんだよね。このこと、先生によく訊きな。生理のことで分からないことは私に訊いてくれれば、大丈夫だよ」

 うん、と素直に侑歩は頷いた。

 家族以外で、侑歩の体の秘密を知っているのは加藤姉弟だけだ。

 侑歩は、性が未分化だった。どちらの特徴もあり、どちらも完全ではない。このせいで、家族とはギクシャクしている。

 加藤が近付いてきて、侑歩の肩を抱いた。小学校で侑歩の性別の秘密を共有して以来、常に加藤は侑歩の側にいてくれた。

「飲んだら、もう少し、寝よ。侑は今日は休みなね。不安なら、ここにいてもいいから」

 侑歩は頷いてミルクを飲み干し、水で口をゆすいで二階に上がった。加藤のベッドで、加藤に寄り添う。加藤は遠慮がちに、侑歩に腕を回した。

 不意に、侑歩は泣きたくなった。

 未来のことが思い浮かぶ。侑歩が手を回した時の、彼女の細さを思い出した。

 小さくて柔らかい唇に何度もキスした感触が蘇ってきた。

 涙が、侑歩の頬を伝わって唇を濡らした。   


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