第五幕 ①

「侑、どうした?」

 加藤は階段の隅にしゃがみ込んでいた侑歩を見つけ、駆け寄ってきた。

「なんか、腹が痛くて・・・」

 加藤に支えられ、立ち上がる。

「保健室、行く?」

 侑歩は首を振った。お腹を押さえながら歩き出す。

「うち、行く?侑ん家より近いし・・」

 心配そうに侑歩を覗き込んでくる加藤に頷いた。

「じゃあ、ここで待ってて。鞄取ってくるよ」

 加藤はそう言うと、階段を二段飛ばしで駆け上がっていった。その後ろ姿を見上げながら、お腹の痛さに侑歩は座り込む。10分もしないうちに、加藤は鞄を抱えて帰ってきた。

「お待たせ。演劇部の方は、沙樹ちゃんに任せてきた」

 沙樹ちゃんとは同じ二年生の演劇部女子だ。侑歩も加藤もいなくなるので、早めの解散を申し渡してきた、と加藤は言った。

 二人分の鞄を持って、よっと加藤は侑歩を抱きかかえた。支えられながら、学校近くのバス停まで歩いて行く。

「ちょっと遠回りになって時間かかるけど、このままバスで帰ろう。駅は歩くの、つらいでしょ?」

 侑歩は加藤の気遣いに感謝した。下腹が重く、きゅうと痛くてあまり歩きたくない。

「顔色も悪いよ。どうした、貧血?」

 侑歩は微かに首を横に振った。

「姉ちゃん、いるかな?いれば、車で送ってもらえるんだけど…」

 侑歩を支えながら、ブツブツと加藤は言った。

 五分ほどしてやってきたバスに乗り込み、加藤は侑歩を座らせると、鞄を足下に置いてスマホをいじり始めた。

 侑歩は痛みに顔をしかめたまま、目を瞑る。そのまま、眠ってしまったようだ。降車のバス停で加藤に起こされ、侑歩はバスを降りた。

 そこには加藤の姉がいて、二人の荷物を持ってくれた。身軽になった加藤が侑歩をおんぶする。今ばかりは拒否する元気も、侑歩にはなかった。

「姉ちゃん、ありがと。助かったよ」

「侑、どうした。貧血?」

「分かんない」

 加藤の背に揺られながら、二人の会話を聞くとはなしに聞いた。

 10分ほどで加藤の家に着いた。そのままリビングに通され、ソファに寝かされた。着ていた衣服を脱がされ、加藤がズボンのベルトを緩める。

 加藤の姉が、ホットのハーブティーを持ってきてくれた。

「侑、飲める?」

 加藤に支えられながら、カップに口をつける。

「何、あんた、お腹痛いの?」

 加藤の姉、綾香に訊ねられ、侑歩は頷いた。綾香は侑歩達より三つ年上で、小学校が一緒だったこともあって、弟同様、侑歩とは幼馴染みだ。

「吐き気とかある?風邪?」

「分かんない。昨日くらいからちょっと痛みはあったけど、さっき急に痛みが増して・・」

「ウ○コ?」

 加藤の言葉に、すかさず姉が度突きをかました。いてて、と加藤は自分の鳩尾に手を当てる。

「休んでダメなら、病院連れて行くけど、どうする?」

「いや、明後日、外来だから、家でいい」

 じゃあ、寝てな、と綾香は毛布を持ってきてくれた。それにくるまって、痛いお腹に手を当てる。そうしていると、いくらか痛みが和らぐ感じがした。

 そのまま、寝入っていたらしい。いつの間にか加藤の母親が帰ってきて、侑歩はそのまま加藤家に泊まることになった。

 何故か姉の方のお古を渡され、体を拭いた後で加藤のベッドで寝た。体の大きい加藤のベッドはセミダブルで、何とか二人でも寝られるスペースがある。

「侑、すごく痛くなったら、起こしてよ?」

 加藤は心配そうな顔で、侑歩を抱きかかえながら、隣で寝た。

 いつもは鬱陶しい加藤の距離感も、今日ばかりは侑歩を安心させた。加藤の体温の温かさが痛みを緩和してくれる気がする。侑歩はそのまま、また眠りについた。


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