第四幕 ④

「あのさ、ちょっと意見、聞きたいんだけど」

 未来の気持ちにはお構いなしで、侑歩が切り出した。

「何かな?」

「加藤が、今度の公演会にダンスサークルのメンバーも誘ったら、って言い始めたんだけど、どう思う?」

「ん、どういうこと?」

 侑歩はチラッと未来を見、それから前に視線を戻した。

「今回のミュージカルのダンスシーンにさ、ダンスサークルのメンバーを入れてみたいって言うんだ。本格的なダンスになって迫力が出るからって。どう思う?」

 何で自分に訊くのか不思議だったが、未来は自分なりに考えた。

「あの、もう、それは、話は通ってるのかな?それなら、面白い試みだと思うけど。まだ、公演まで一ヶ月あるし、ダンスシーンは長くないから、練習して、合わせても大丈夫じゃないかな?」

 侑歩は黙って未来の言うことを聞いていた。聞いた後で、うーんと考え込む。

「高遠君は、どう思うの?」

 未来は思い切って訊いてみた。

「ああ・・迷ってて。ちょっと意見、聞きたくて、」

「私の意見聞いても、参考にならないと思うけど・・」

 侑歩がくすくすと笑った。

「澤村、結構、いい目してるよ。気付いてないかもしれないけど。前、練習を見せた時の感想も、すごくいい点、突いてた」

 侑歩が未来の見学レポートを気に入った、と加藤が言っていたのを思い出す。

「あ、ありがと」

 未来はかぁっと頬が熱くなるのを感じた。こういう風に、褒められ慣れていない。

 いつの間にか、二人は階段に来ていた。未来はトントンと足早に降りていく。

「じゃ、ここで」

 未来が振り返ろうとした時、すぐ後ろにいた侑歩と軽くぶつかった。よろけた未来を侑歩の手が支える。腰に回される侑歩の手。ペットボトルの入った袋が未来の腰に押しつけられた。



「澤村、大丈夫?」

 未来の目が上目遣いに侑歩を見上げる。ゆっくりと、その瞳が侑歩を捉える。まるでスローモーションを見ているようだった。

(やばい)

 その目を覗き込んだ途端、侑歩は思った。けれど、もう遅かった。未来から目が離せない。この吸引力には抗えない。

 彼女の息遣いを間近に感じる。

 広めの額に、柔らかそうな癖のある髪がかかる。大きな瞳が侑歩を捉え、少し開いた唇の間から、きれいな白い歯が見えていた。

 侑歩は吸い寄せられるように、その唇に自分の唇を寄せていた。唇から柔らかい感触が伝わり、体の奥から沸き上がった何かが侑歩の体中を駆け巡った。

 そっと離すと、未来が侑歩を見ていた。

 言葉にならない想いが侑歩の中を駆け巡る。未来の瞳が微かに震え、唇が何かを囁くように開いた。けれど、言葉は紡がれなかった。

 侑歩はもう一度問うように彼女を見た。僅かに、未来が頭(かぶり)を振る。けれども、未来は侑歩を振り払わなかった。

 侑歩は再び唇を重ねた。今度はゆっくりと、感触を味わうように、重ねたまま唇の位置を変えていく。侑歩は啄むようなキスを繰り返した。

 侑歩が頬にキスをして離れると、

「・・ごめん、帰らないと」

と未来が言った。

「うん、ごめん」

 侑歩は抱き留めていた手を離す。未来はほんの少しの間、侑歩を見つめ、踵を返した。

 侑歩は呆然とその後ろ姿を見送る。

 手に、唇に、胸に、未来の感触が残っていた。その柔らかさに、愛しい気持ちがわき上がる。途端に、きゅうと、下腹が痛くなり、堪らず侑歩はしゃがみ込んだ。


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