第四幕 ②

 侑歩が先に立って、未来を中庭の方へと促す。中庭のベンチスペースには、まだ学生がたむろしている。侑歩は、その一角を示して、未来に座るように示した。

 未来は言われるままに、中庭の隅のベンチに腰を下ろした。

 少し距離を保って、侑歩は未来の脇に座った。しばらく黙って、行き交う生徒に視線を向けていた。未来も何も言わずに、校庭に茂る木々に目を向ける。

 目で、濃い緑色に茂る葉の形をたどっていると、侑歩が切り出した。

「あの、この間は、ごめん。いきなり、あんなことして・・」

 未来は、視線の先を木の葉から侑歩に向けた。

「ううん、私こそ、ちゃんとお礼するべきだったのに、ごめんなさい」

「俺…あの時、澤村の涙を止めたくて、その、」

「助けてくれてありがとう。本当に嬉しかった」

 ゆっくりと、上目遣いに侑歩が未来を見上げた。

「あのさ・・・演劇部、来ないのって、俺のキ、キスが原因だよね?」

 目の前の侑歩の白い頬が真っ赤に染まっている。

「ごめん。その、嫌だったよね。…もうしないから、また、来てくれない?」

 未来は何と応えるか迷った。迷って、答えられないまま、侑歩から視線を背ける。

「えと、家の人が心配してて・・」

 俯いたまま、それだけ言った。

「もう、来ない?」

 侑歩のやるせない、悲しそうな声。その声音に、胸が潰れそうになった。堪えきれずに思わず立ち上がってしまう。

 自分に向けられた侑歩の視線を感じる。未来は帰ろうと足を踏み出して、思いとどまった。

 言おうかどうしようかと、逡巡する。

「・・・私、嫌だったんじゃないの。・・どうしていいか、分からなくて。それで、高遠君を避けてた。ごめんね」

 それだけ言って、歩き出した。生徒で賑わう中央出入口を避けて、人通りの少ない東側の通りに向かった。

「待って」

 未来を呼び止める声がして、左腕を掴まれる。

 振り返ると、侑歩と間近で目が合った。

 少し長めの、サラサラの髪が彼の顔にかかり、そこから切れ長の目が未来を見下ろしていた。切れ長なのに、二重で、目の縁を長い睫毛が覆っている。未来よりも少し大きな背丈。線が細いのに、凜としている。

 未来は彼から目を逸らせなかった。

「待ってる。俺、待ってるから、」

 そう言って、侑歩は言い淀む。

「高遠、くん」

「来れるようになったら、また来てほしい」

 彼が気持ちを振り絞って言っていることだけは分かった。こんなに、感情を表に出した彼は見たことがない。いつもクールで、お茶らけたキャラの加藤とつるんで、シラッとした顔でクラスメートに対応していた。

 未来は侑歩の必死な態度に、自分の気持ちが動くのを感じた。

「うん、分かった」

「ほんと?」 

 侑歩が手を離す。未来は呪縛を解かれたように、視線を落として、頷いた。侑歩に掴まれた腕が熱い。

 侑歩が未来を見下ろしていた。未来が見上げると、彼の目と目が合った。そのまま、彼から視線を逸らせない。これ以上何か言ったら、均衡が崩れそうで怖かった。侑歩もそう思っているようだった。何も言わずに、ただ、未来を見つめている。

 不意に、ガヤガヤと騒がしい声がした。未来達の後ろに、帰宅しようとする生徒の集団が現れる。

「じゃあ、また」

 侑歩はそう言って、未来を追い越し、校庭に向かった。その背を見送って、未来は小さく息をつく。

 腕が熱い。頬も熱かった。心臓がどくどくと、早鐘を打っている。

 未来は、泣き出しそうな気持ちを抑え、歩き始めた。

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