第四幕 ①
未来はずっと演劇部に顔を出していない。
侑歩と顔を合わせるのが気まずいのだ。助けてもらったお礼も、本当はもっときちんと言うべきだ、と思っていた。翌日にお礼は言ったが、満足に言えたとは言えない。このまま侑歩を避けていても仕方がないことは、未来にも分かっていた。それなのに、彼に向き合うことができずにいる。
「未来、今日、演劇部、どうする?」
ホームルームが終わって、香月奈緒が学校鞄を手に未来の席にやってきた。
「奈緒ちゃんは?」
未来は帰り支度をしながら、奈緒を見上げる。
「あたしは・・今日は出ようかな?人手が足りないって、加藤がぼやいてたし」
「そっか、私は帰るね。加藤君にごめんて、言っておいてくれる?」
「・・また、お兄さんが迎えに来るの?あの事件以来、過保護に拍車がかかった感じだよね?」
奈緒の言葉に、未来は曖昧な笑みを返す。
奈緒は「じゃあね」と言って、鞄を持って教室を出て行った。その後ろ姿を見送りながら、未来は小さく溜息をつく。
未来はスマホを取り出し、LINEを確かめた。
特に連絡は入っていない。少しだけほっとして、未来は教室を出て、廊下を歩き出した。
あの事件以来、未来の家族──洋司(ようじ)は未来を心配して、時間が許す限り迎えに来るようになった。有り難い反面、少し息苦しさも感じる。
未来は歩きながら、ふと視線を窓の外に移した。
校庭で演劇部が練習していた。発声練習と、トレーニングをしているようだ。練習の輪から少し離れた場所に、侑歩らしき姿がある。未来が見つめていると、その人が振り返った。
校舎の二階と校庭の距離を超えて、互いの視線が絡み合う。未来は思わず立ち止まった。
そのまま、数秒の間二人は見つめ合っていた。
心臓が高鳴り、きゅうと締め付けられる。
未来は居たたまれなくなって、視線を外した。歩き出そうとした瞬間、視界の端で、外にいる侑歩が走り出したのが見えた。どくん、と心臓が鳴って、視線を戻すが、そこに、彼の姿はなかった。
侑歩がどこに来ようとしているのか、未来にも分かった。慌てて、廊下を反対の方向へと歩き出す。侑歩のいた場所から一番近い階段を避けようと思った。
それなのに、未来が階段を降りきったところに、侑歩がいた。
「澤村・・」
膝を折って未来を見上げる侑歩の息が乱れている。
未来は階段の側で立ち止まった。
「話がある、時間をくれない?」
侑歩が懇願するように未来を見た。
頷いてはいけない、と思った。あのキスの意味を聞いてはいけない。戻れなくなる。未来には彼を受け入れることができない、秘密があるのに。
なのに、未来は彼に頷いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます