第三幕 ②
「相変わらず、淡白なお家だな」
加藤は炭酸ジュースのふたを開けながら、目の前に置かれたお菓子に手を伸ばした。
「まあ、ね。どう扱っていいか、分からないんでしょ?」
パクパクとコンビニのおにぎりを口に運びながら、器用にチキンの袋を破り捨てる。加藤が侑歩を見ているのが視界の端から分かった。
「…あのさ、本題」
侑歩は言って、少し俯いた。
「何?この間、澤村さんを助けた件?」
バリバリと遠慮もなくお菓子を頬張りながら、加藤が訊く。鋭いな、と思いながら頷いて見せると、加藤はコンビニの袋から自分の分のチキンを取り出した。それを口に入れながら、
「俺に話した以外で、何かあった?」と、侑歩の顔を覗き込んでくる。
侑歩は頷いた。
「言ってみ」
「…あんとき、澤村に、その、キスした…」
え、と加藤が動きを止めた。あんぐり、と口を開けて侑歩を見てくる。
「いや、ほっぺに、ほっぺにだけど…」
何となく言い訳のように言い募る。それでも、加藤は表情を崩さない。
「…ほんとに?」
やっと、という感じで加藤が訊いた。
「…澤村が泣いて…多分、怖かったんだと思うけど、それで、何となく、した」
「何で?」
チキンを飲み込んで、加藤は姿勢を正した。
「何で、したの?」
「…澤村の泣いている姿を見てたら…大きな目から涙がぽろりと落ちてくのを見てたら、何か、何でか、したくなった」
加藤は、上を見て、侑歩を見て、また上を見た。それから、ペットボトルの飲料をがぶがぶと飲んで、息をつく。
「……侑って、やっぱり、女の子が好きなの?」
加藤の言葉に、侑歩は黙った。黙って、彼を見つめる。
「今までさ、好き、とか、なかったじゃん、そういうの。恋愛感情、ないのかな、って思ってた。澤村さんのことは気に入ってるんだろうな、とは思ってたけど、そういう意味だったんだ…」
侑歩から視線を背け、加藤は自分の頭を掻いた。うーん、と悩まし気にため息交じりの息を吐く。
「俺が、女の子を好きかは・・分からない。けど、澤村のことは可愛いと思う」
侑歩は言って、加藤からペットボトルを奪ってごくごく飲んだ。
「…そうなんだ。侑は体のことがあるからさ、どっちなのかな、とは思ってたんだ。そっか、未来ちゃんが好きなんだ…」
最後の方は独り言のようだった。そっか、を繰り返す。
「だけど、澤村は何も言ってこないし、部活にも来ないし、何か、どうしていいか、分からなくて…」
もう一つのおにぎりを開け、侑歩は口に運んだ。
加藤の手が伸びてきて、侑歩の頭をポンポンと叩くように撫で、肩に手をまわして侑歩を抱き寄せた。されるがままにその肩に頭を載せる。
「…侑歩は、澤村にどうしてほしいの?彼女になってほしい?」
うーん、と侑歩は考え込んだ。
即答できない自分がいる。キスのことを無視されるのは嫌だけど、だからと言って、どうしたいのか。未来に自分の気持ちを受け取ってほしいのか、自分でも分からない。
「…実際、こんな気持ちになったの、初めてだから、俺もよく分からない。それに、亮ちゃんも知ってるように、俺が彼女に正直に気持ちを告げていいのかも、迷う…」
加藤は侑歩を見下ろして、
「…あのさ、病院は、ちゃんと行ってる?」と訊いた。
「行ってるよ。最近、朝、貧血っぽくなる時もあるから、月一で」
ふうん、と頷いて、また口を閉じる。
侑歩が見上げると、考え込んでいるようにも見えた。
「亮ちゃん、」
「ん?」
「…ありがと。言ったら、少しだけど、すっきりした。自分の気持ちもはっきりしないし、しばらく、様子を見て考えるよ」
加藤亮から離れて、侑歩は座り直す。
「俺は、侑の味方だから」
加藤が言うと、侑歩は珍しく笑顔を見せた。
侑歩の笑った顔は女の子と見違えるほど可愛い。高二の男子というには、侑歩は華奢だ。背もそれほど高くないし、線も細い。加藤は侑歩の笑顔を見つめ、残った炭酸ジュースを飲みほした。
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