第三幕 ①

 侑歩は演劇部のリハーサルを横目で見ながら、落ち着かない様子で口元を抑えた。

 数日前の出来事が蘇る。 

 塾帰り、同じクラスの澤村未来が三人組の男たちに襲われそうになっていたところに行き会った。咄嗟に未来を助けるために、侑歩は飛び出していき、男たちに追われる羽目になってしまった。

 結局、機転を利かせた未来のおかげで事なきを得たが、二人で未来の迎えを待っているとき、気が緩んだのか、突然彼女が泣き出した。

 未来の目から落ちる大粒の涙。それを見ているうちに、侑歩はどうしようもない気持ちになった。湧き上がってくる、触れたい、という気持ちに逆らえない。思わず、頬を流れる水滴に口付けてしまった。

 あれから、未来は部活に来ていない。教室でも、丁寧にお礼を言われただけで、キスについてはスルーされたままだ。

 自分がどうしたいのかは、侑歩にも分からなかったが、未来に何も言われないのはさすがに堪えた。

「はい、ありがとう。ダンスシーンの最初の入り、もう一度確認しよう」

 侑歩の隣で加藤が言った。ダンスの指導はほとんど加藤の役目だ。加藤は、ダンスに入るタイミングと、ターンや人の配置を確かめると、終わりの号令を掛けた。

「今日はここまでにしよう?あとは残れる人残って、衣装づくりと舞台装置の作成を手伝って!」

 演劇部の部員が思い思いの返事をして、解散していく。

 加藤は隣でぼうっとしている侑歩に振り返った。

「侑、俺らも行こう?」

「あ、うん」

 連れ立って歩きだす。加藤が様子を窺うように、侑歩に顔を近づけた。

「なあ、どうした?ここ数日、変だぞ。どっか、変なとこでも殴られた?」

 侑歩は頭(かぶり)を振って、否定した。加藤が短く嘆息する。

「俺にも言えないこと?」

 なおも続ける加藤に、侑歩は目を上げて彼を見た。

「…今日、お前ん家行ってもいい?」

 うーん、と加藤が返事を渋った。

 加藤と侑歩は幼馴染だ。子供のころからの付き合いで、互いの家にも行き来をしている。加藤が言い渋るときは、大抵姉絡みだということも知っていた。

「…じゃあ、俺ん家」

 侑歩は言って、加藤の返事も待たずにさっさと歩き出した。



 演劇部の活動を終え、侑歩と加藤は、コンビニで適当な食べ物を調達して家路に向かった。

 侑歩の家は共働きで、母親は夕飯に間に合うように帰ってくるが、父親は夜が遅かった。侑歩は加藤を家に上げ、階段を上がるように促す。奥にある居間の母に向かって声を掛けた。

「ただいま、今日はか・・亮ちゃんがいるから、部屋で食べる」

 返事をする母の声があった。そのまま、加藤の待つ自分の部屋へと階段を上がっていく。部屋の戸を開けると、加藤が寛いだ感じに座っていた。

「買ってきたジュースでいい?」

 加藤が頷く前に、コンビニの袋から出した炭酸ジュースを手渡す。お菓子の袋を開け、テーブルの前に広げた。自分は、買ってきたおにぎりとチキンの袋を手に、座っている加藤の隣に腰を下ろす。

 部屋にはロフトベッドが置かれ、その下に勉強のスペースと寄りかかって座れるよう置き型のソファが置かれていた。

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