第二幕 ②

 それから数日して、演劇部の助っ人をしてくれないか、と加藤から請われた。親友の香月奈緒(かづきなお)と一緒に大道具の手伝いをしてほしい、と頼まれたのだ。

「侑歩がどうしても、って言うんだ。ダメかな?」

「その高遠は、何で自分で言わないわけ?」

 奈緒は納得のいかない様子で加藤に詰め寄る。

「いやあ、舞台背景とか、衣装とかを準備してくれるスタッフが足りてなくてさ、今度の舞台までにどうしても人が必要なんだよね…。二人とも絵がうまいよ、って俺が推薦したわけ」

 うーん、と奈緒は未来を見やった。背の高い彼女に見下ろされる感じで、未来はその視線を受け止める。

「あの、手伝える時だけでいいかな?毎日っていうのは、ちょっと無理で‥」

「私も塾ある」

 奈緒は言って、ぐい、と顎を上げた。

「もちろんです!」と、加藤は二人に向かって手を合わせる。

「いやあ、侑歩が未来ちゃんの見学レポートを気に入っちゃって、二人に入ってもらいたかったんだよね。助かる、ありがと」

 にへら、とゆるい笑いを見せる加藤に、奈緒は呆れたように嘆息した。

「あんた、高遠王子に仕える家来みたい」

 ええー、と加藤は抗議の声を上げる。未来もつられて笑った。

 その週から、未来は演劇部の補助部員になった。毎日は無理だけど、それでもいいと言ってもらった。未来にとって高校に入って、初めての部活。憧れていた演劇部で、ひそかにファンだった高遠侑歩の演技指導が見られるのは、未来にとっても眼福であった。



 ―――あの、侑歩が未来に、未来の頬にキスしてくるなんて。 

 未来は混乱したまま、公園から通りに出た。

 タイミングを合わせたように、未来のすぐそばでセダンタイプのグレーの車が止まる。助手席側のウィンドウが開いて、名前を呼ばれた。

「洋ちゃん‥」

 ドアが開いて、スーツに身を包んだ二十代後半の男が姿を現した。

「未来、大丈夫か?」

 心配そうに言って、男は未来を助手席に座らせた。未来は頷きながらも、気遣う相手に居心地の悪さを感じてしまう。自分の心がそぞろになっている原因が、暴漢にあったからではないことを、彼女自身ひしひしと感じていた。

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