第二幕 ①
未来と侑歩の接点は、同じクラスということと、演劇部で一緒に活動している、ということだけだった。
ある時、未来は担任の安藤から演劇部に資料を届けるように頼まれた。
部活動をしている学生以外誰もいない、放課後の校舎。安藤から渡された資料を胸に、未来は独特のゆったりした空気に包まれた廊下を歩いていく。彼女が向かっているのは、別棟にある音楽室だ。
人気のない廊下を歩くうちに、彼女が向かう音楽室の方から、活気ある歌声や人々の声が聞こえてくる。
つ、と立ち止まって、未来はその声に耳を傾けた。
女の子のコーラスに混じって、少年のような、やや高めの声が聞こえてくる。その声の主を未来は知っている。
高遠侑歩、未来のクラスにいる、クールで口数の少くない小柄な少年だ。その彼が、学生たちに向かってだめ出しを与え、鋭い指示を飛ばしている。未来はじっとその声に耳を澄ませながら、静かにその部屋へと近付いていった。
ドアの小窓から中を覗き、練習が一段落してからドアを叩く。
「はい。誰?」
その音に気付いた侑歩がこちらを向いた。
「練習中にごめんなさい。安藤先生からこれを預かってきたんだけど」
未来は気後れしながら、音楽室のドアを開け、小さい声で侑歩に答えた。さっと場を離れて未来のそばに来た侑歩は、彼女から紙の束を受け取り、目を通す。
「ありがとう。澤村さん、安藤のパシリにされたの?」
「え、そういう訳じゃ…」
未来が答えに窮していると、ふっと侑歩が微笑んだ。その笑みが、教室での彼からは想像できなくて、未来は目が離せなくなってしまう。
「あれ、未来ちゃん。…珍しいお客さんだね。せっかくだから、観ていけば?」
侑歩の隣に、背の高い男子がやって来て、人なつこい笑顔を見せた。未来や高遠と同じクラスの加藤亮(かとうりょう)。侑歩といつも一緒にいて、彼とは正反対に誰にでも愛想がいい。
「え?演劇部の練習、見学してもいいの?」
嬉しさで声がワントーン上がってしまい、未来は恥ずかしさで目を伏せた。
「どうぞ」と侑歩が体を反らして、招くように手を中に向けた。
「ありがとう」と小さく答えて、音楽室の隅の方に立たせてもらう。加藤が気を利かせて近くの椅子を引いてくれた。
侑歩がみんなに声を掛けて清陵高校演劇部の練習が再開した。未来の通う高校では実力派の文化部で知られている。いま、その中心を担うのは、脚本・演出を一手に手がけている高遠侑歩だった。中学時代までダンスクラブに所属していたという噂で、彼の手掛けるものはミュージカル仕立てのものが多かった。人知れず、高遠のファンであった未来はこの好機を心から歓迎した。
きびきびと部員に指示を与える侑歩の姿に、憧れの目を向けてしまう。担任の安藤からこの配達の仕事を引き受けたのも、彼の雄姿をちょっとだけでも観たかったからだ。安藤に感謝しつつ、秋の公演に向けて稽古中の新作を観賞した。
「じゃあ、今日はここまでにしよう」
パンパンと手を打って、侑歩が終わりの号令を掛けた。それまでの緊張した雰囲気が一気に抜けて、みんなの顔に笑顔が戻る。
(練習中は緊張しているんだな)と、その様子を見て未来は思った。
「澤村も、帰るだろ?」
後片付けをしている部員から離れて、未来のそばに来た侑歩が聞いた。
「あ、うん」
「じゃあ、帰りがてら感想を聞かせて」
そう言って再び離れていく侑歩を、未来は狐につままれた気分で見送った。
こんな幸運があるだろうか。侑歩の演出している姿を見られた上に、彼らと一緒に帰れるなんて‥。未来は嬉しさで笑みを収めることに苦労した。
その帰り、侑歩は未来に練習を見た感想を聞いた。未来は率直に、感じたままを話す。侑歩と加藤は何も言わずに、未来の言葉を聞いていた。
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