第5話

「ちょっと止めるわよ」


シアンさんが軽く口笛を吹いての注意を引き、馬車を止める。


「そういう止め方も有るんだ」


「言葉で命令すれば言うことを聞くんだけど、いきなり声かけると馬もびっくりするでしょ」



え??言葉がわかるの??



言葉どころか口笛だけでこっちの意思を汲み取った馬は道端にうずくまる男のそばに馬車を止めた。


「どうかされましたか?」


御者台の上からシアンさんが男に声を掛ける。



「いや、大丈夫。ちょっと足が疲れやすくてね、こうして休み休み歩くんだ」

疲れた顔でもほほえみを浮かべる。



「そう、お大事にね」



馬車を動かそうとするシアンさんに

「チョット待って」


馬が振り返り非難するような眼でオレを見る。


御者席を飛び降りると、馬の前を回り込み軽くその角をなでてから男に声をかけた。


「少しだけなら疲れを取る方法がありますよ。足触ってもいいですか?」


「そういうことなら助かる。」


オレは男の肩から背中、腰から足の裏まで簡単なマッサージを施してやる



「あー大分軽くなった気がする。いや助かった、ありがとう」


「礼はいいよ。気をつけてな」


肩をポンポンと軽く叩き御者台に戻る。



「じゃ、行こうか」

シアンさんがこちらを見つめるまま馬車は進み始めた。


「あなたの術は男性にも効果が有るんですか・・・・・」

真っ赤な顔をしてるのはなぜなんだ?


「男も女も関係ありませんよ」


しばらく無言で馬車は進み御者台に座っているのが辛くなってきた頃

馬の尻尾が上に持ち上がり、シアンさんが指をそっと鼻に添える。



尻の穴がこれでもかと大きく広がり、ボトボトボトっと

ジャーーーと音を立てて道の真ん中に小さな川ができる。


「水場までもうすこしです」


「川ですか?」


「そう。近くに小川が有って馬車を止める場所が有ります」


「そこで休憩?」


「もう野営の準備をしないと。今日は追いつけそうにないですね」



そりゃこんな大荷物だし、馬ものんびりしてるし、道草も食ったし

追いつけるわけないわな。


馬が軽く振り返った気がした。




もう少しのはずが随分時間がかかって水場に到着した。


道の脇の広くなってるところに馬車を入れ、シアンさんが馬具を外していると

林の小道から手綱を引いた隊長が現れた。背の高いスラリとした馬だ。


馬だよ、これが「ウマ」だ。心のなかでつぶやくと

ウチの馬?が「グウォッ」と声を上げた。



隊長はシアンさんに軽く会釈をするだけでこちらに歩いてくると

「隊はこの先の村の手前で野営します。この馬車だと今晩は此処で野営ですか?」

ニヤニヤするんじゃねぇよ。



「今日中に合流は無理ですか?」


「そうですねぇ。此処で野営されるのでしたら、また後ほど部下を見回りに来こさせましょう」

シアンさんが来て隊長の申し出を丁寧に断る。


「皆さんお疲れでしょうから、お気遣いをなさらずに、ここなら土地勘もありますし総、そう心配は無いでしょう」


「馬も居ますしね。私はこれで隊に戻ります。お気をつけて」


ちょっと謎の言葉を残し隊長は「ウマ」にまたがりパカラパカラと去っていった。




ウチの馬はシアンさんが一握りの飼葉を与えるとモシャモシャと食いながら勝手に林の中に入っていく。あっちが水場か。


「タケシさん。荷物をおろしたら食事の支度を始めますので水くみをお願いします」


水を汲みに小川まで行くと馬が草を喰んでいる。


やっぱり馬じゃないよなぁ、こっちじゃ荷を引く家畜はみんな馬って呼んでるとかそう云う話なんじゃないの?

勝手に水場に行くし、おとなしく草食ってるし、人の感情まで読むって言ってたよな。


利口なやつだ。オレに操れるのかな?

バカにされていう事聞かないとかだったら大変そうだな・・



「ウオッ、びっくりした」


川に桶を突っ込もうとしたら隣にきてやがったよ。


「おい押すなよ。水はもう飲んだんじゃないのか?オレに水汲せろよ」


押されて川上に目を向けると川に段差が出来ていて川岸には石組みまでされている。


「水汲みはあっちか、ここはお前の場所なんだな」


柔らかい砂の川岸には足跡。指は3本?4本?やっぱり馬じゃない。

鼻先の角を優しくなでて首元をポンポンと叩いてやると

フッと笑ったような気がした。


石組みの所で桶をツッコミ水を汲むと、その淵に動く魚影が目に入った。


「魚だ。捕れるかな」


裸足になって追いかけ回し、岸に追い込むといとも簡単に捕まった。



「よし、野営と言ったら焼き魚だもんな」

なんにも出来ないオレだが、ちょっとは役に立てたか



「お前も焼き魚食うか?」


馬が笑った。







馬車に戻ると調理の準備が整っていた。


道具が入っていた箱はテーブルや作業台になり、小さな椅子まである

食材は切られて作業台に乗っている。


「水を待ち待ってたのかな、ちょっと遅かったか」


反省しながらあたりを見回しシアンさんを探すが見当たらない。



腰に下げた魚をテーブルに置くと、馬車の覆いを捲った。



「「あ」」



2人見つめ合い固まった。


ピンクの蕾の控えめな膨らみのカーブ。

眼にしっかり焼き付け覆いをもとに戻す。



「ごめんなさい」


「・・・・・・」



所在なく魚をツンツン突いていると、軽い服装に着替えたシアンさんが寄ってきた。


「魚。捕まえてきたんですか?」


「結構でかいでしょ、焼いて食べましょう。オレが焼きましょうか」


さてどうしたものかとうろついていると



「タケシさん・・」



「はい。あ、薪で焼いたほうが美味しいですよねきっと」

「タケシさんが苦労して捕まえてきてくれた魚なんですが・・・」


「・・・・」


「川魚は食べちゃいけないんです。食べて食べれないことはないんですけど、食べ物がなければ食べるんですけど、、そういう事になっていて・・・」



「え?」


大ショックである。せっかく喜んでもらえると、上がりまくってたのに


「食べても良いんですが、タケシさんは常識を覚えている最中なので・・」


両眉は下がり、本当に済まなそうに悩んだ顔を向ける



「そうですか、そうですよね。食べちゃいけないって事なら諦めます。常識ですから」


「ごめんなさい」


それっきり無言で調理に向かうシアンさん。

気まずいな、コンロの練習もさせてもらえないし


シアンさんは鍋に水を入れると食材を一度に全部入れて蓋をする。

随分簡単って言うか、乱暴って言うか・・


隣の鍋からはもう湯気が上がっている


水は残ってたんだな、って当然か。


シオンさんはボールに山盛りの芋団子をテーブルに置き、そのまま椅子に座った。


「スープが出来たら食べられます」



「ありがとうございます。この芋団子も美味しそうですね」


「ちょっと冷ましてからのほうが美味しいですよね。スープで煮たのも好きです、明日の朝はそれですよ」


「シアンさん、さっきはすみませんでした」


「こっちこそタケシさんが好意で獲ってきてくれたのに、悪いなと思ってます」


「いや、それもそうだったんですが、その前の・・」



「大丈夫ですよ。食事の支度の途中で着替えてるなんて思いませんよね、、居ない隙きにって急いで着替えてたんですけど、タイミング悪かったです。」


「勝手な言い分なんだけど、オレも忘れるから無かったことにして自然にしててもらえるとオレとしては嬉しいかなって・・・いや、ゴメン。なんでもするから許して下さい」


「タケシさんがそのくらいで気を引かれたり心を乱したりする人じゃないって事はわかっていますので・・私も気にしてませんよ」


「ごめんなさい」


「ごめんなさいばっかりですね、これからはもっと自然に着替えしますね」



!!



「もう出来るかな」


ニコッとして鍋に向かうシオンさん。

オレは本当になんにも出来ないクズだな。



「タケシにコンロの練習させるのを忘れてたね」


急に呼び捨て、自然でいいんだけどどういう基準で切り替えるんだろ?


「川の主はね雷を呼ぶの、川魚を取ると雷が落ちて山火事が起こるって言い伝え」


「へぇ、面白いな。それにも神話があるのかな」


「私はナースで神学者じゃないから、うろ覚えなんだけど、世界樹と一緒に天から降りてきた七柱が七創神。七創神が立てた7つの家、王国流に言えば「国」ね、それが七創家。

その中の水の国と土の国が争ったことが有るわけ、理由は川魚の所有ね、魚は水の国の領分

土の国は川は自分の領分だといって一歩も引かないものだから、それを雷の創家が怒って火の創家と一緒に土の国を焼き払ってしまったの。土の国は水の国に謝って火を消してもらい、それ以来川魚は食べなくなったってお話ね」



「そうか、でも海から遠いところじゃ魚は食べられないってことだよね、寂しいな。」


「湖の魚なら大丈夫よ、湖は元から水の国の領分だから争いにならないもの」


「なるほどね、解釈で抜け道は有るんだな」


「よくわからない理屈よね、教主様だったら詳しいんだけど、教主様は神話は現実に起こったことを反映してるって言ってた。だから矛盾も有るんじゃないかな、現実は矛盾だらけだし」


「そうかも知れないね。でもそういうのを勉強していかないと常識ってわからない」


「少しずつ覚えていけばいいでしょ。タケシは赤ん坊みたいなものだし」



赤ん坊ね・・・赤ん坊に裸見られても気にするわけ無いか



「ごちそうさま。片付けはどうやればいいの?真っ暗になる前にやらなきゃいけないよね」


「このままでいいわよ。皿や鍋は後で馬がきれいにしてくれるわ」


「馬?!!!!!馬がやってくれるのか?なんて素敵な馬!!」


「獣が寄ってきそうな匂いは馬が全部消してくれるわ、それでもやってくる獣は角で追っ払ってくれる。頼りになる馬よ」


「夜番まで!馬、万能かよ」


「片づけって言ったって、朝食でも使うし、馬車に乗せてしまったら私達が寝るところがないじゃない」


「私達・・・」


すっかり頭から抜け落ちていた、どうするんだ?一緒に寝るわけには行かないけど・・



「一緒に寝るわよ。私は創家に捨てられ王国の人間になったつもりだから。これからの人生は王国流でいくわ。」


「王国流??どういう意味ですか」


「ふふ、そこまで言わせたいの?」


「あ、いや・・」


「ソーダ家の商売にとっても大事なこと。道中で男性に何かやってたでしょ?あれなら工夫次第で行けるかもしれないわ。私はナースだしアレが医療行為なら一緒にできる可能性が有る。」



「マッサージですか?」


「マッサージって!、そんな、後宮の言葉は知らないけど、後宮でやってたようなのは絶対ダメ」


いや、そんないかがわしいことじゃないから・・そういうのも有るけど。


「大丈夫だよ。実際にシオンさんにやってみる。それでダメかどうか確かめてほしい」


あ、真っ赤になって・・湯気吹いてるし。

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