第4話

オレは夢を見ていたのかとホッとするも、馴染みのない女性の声に頭を巡らせつつ

ソファーに上半身を起こした。


「朝食です、昨日の残りの芋団子を温めました。勝手なことをしてすみませんが

今、食べておかないと体が持ちませんよ、もうすぐ出発です、急いで食べて下さい」


テーブルの上に深めの木皿が一つ、昨日の団子がスープに浸かっている。


少々寝ぼけ眼だが、急いで食わないとならないらしい。


スープを口にすると、昨日とはちょっと味が違う、団子の風味とあのペーストが入っているのか。悪くない味だ。


スープの皿が空になったのと同時のタイミングで、見覚えのある人物が入ってきた。


「タケシ殿、皆は出発しましたぞ、私が同行します、行きましょう」


隊長がにこやかな顔で出発を促してきた、優しい人だ。





教会の外に連れ出されると一台の荷馬車


「これが最後の馬車です。荷車は一杯ですから御者席に乗って下さい」


御者席に上がると手綱を持つのは見覚えのある女性


「よろしくおねがいします」 軽く会釈をして隣に座る


「さぁ行きましょう」


馬にまたがり、追い越して行く隊長の声に、集中して前を見つめる女性は無言で馬車を進める。


「馬を扱った事は有りますか?」

町並みや館を包み込むオレンジのドームに気を取られていたところに突然質問が飛んできて慌てる


「いえ、見るのも初めてで・・」

っていうか、これ馬じゃないだろ、牛かサイだ、鼻先に角有るし。

馬ってのはさっき隊長が乗ってたヤツ。



「城門にはもう誰もいませんね、私達は大分遅れてしまったようです。追いつかなければなりませんが、御者の気持ちが焦ると馬に伝わって暴走する危険が有ります

重い荷を引いていますから消耗もしますしのんびり行きましょう。」



この馬?人間の感情が伝わるとな?



「タケシさんもすぐに出来るようにならなければなりません。難しいことでは有りませんから覚えて下さい」


「はぁ」



荷車を引くサイが振り向いてオレを値踏みしているような気がした。


「あの、教会のシスターの方ですよね?」


「シスターとは何のことですか!私はそういう言葉は使いません。言葉遣いに気をつけられたほうがよろしいんじゃないですか!後宮の言い回しは館の外では口にしないで下さい。」


キレられた。ハハ・・



「私はナースです。教会で病気や怪我の方を癒やす修行の途中でまた家を失いました」

馬の制御に集中しているのだろうか、まっすぐ前をみつめたまま語り続ける。



「教主様の言いつけでタケシさんのお世話をさせていただきます。シアンとお呼び下さい。」


「タケシさんは家名をお持ちで、生業は人には言えない職と伺っております。

お供をするにあたって、当面はソーダ家の家人として振る舞い、ソーダ家が表向きの職を始められる段には私はソーダ家の正式な家人となりましょう」


「家人って、オレが商売始めてウチで働くって事??オレ商売始めるなんて一言も言ってないんだけど」


「教主様はそうおっしゃってました。タケシさんはこの社会を知り、溶け込むことから始め、家を支える商売をなさって私を養わなければなりません」


「ちょ、ちょっとまってよ。自分自身どうやって食えばいいかわからない風来坊だぜオレは、シ、シオンさんをや、養うとか、そんな無茶な!、、、、、、、、」

「こ、こっちが・・・」


言い掛けて口を噤んだ。養ってもらうって誰に?何で養ってもらえると?

何とかなるさと旅人を気取るつもりだった。でも、無一文だし、先の展望もない。一ヶ月もすれば野垂れ死にじゃないか。


「商売するにしたって、何をすればいいかわからないし、第一カネがない。元手がなければ話にならないじゃないか」


「タケシさん、教主様があなたをお助けすると約束して下さったのをお忘れですか?

この馬車と荷物は、すべてソーダ家にの持ち物として下さった物ですよ、お金も多少は頂いています」



「タケシさんに何が出来るのか、これから考えましょう」


まったく予想外の事に、震えた。身体が文字通りガクガクと震え涙が溢れ出る

喉が締まり、ただ呼吸をしゃくりあげるだけで声が出せない。


「グヒッ・・・ヒッ・・ウグッ、クッ、キ、きょうしゅさま・・・ア゛ぁ」



御者台から崩れ落ちそうになるオレの肩をシアンが片手で支え、姿勢を保ってくれている


生まれてはじめての感情、そう思ったが思い出した。小さい頃一人で公園でコケてあちこち擦りむいて号泣しながら家に帰ったオレを抱きしめて背中を擦ってくれた・・・


「ジ、ジアンざん~~」


急に抱きつかれたシアンさんはびっくりして手綱を手放しそうになるが、感情を読み取った馬が馬車を引く歩みを止め、じっと御者席を見つめる。



「出発したばかりですが、少し休みましょう。お茶を入れてきます」



馬と目が合った、


まだ見てる。


「何だよ」


馬が小馬鹿にしたようにフッと笑った気がした。


「タケシさん」呼ばれて馬車の後ろへ行く


幌の後ろ側の覆いを捲っているシアンさんが

「ちょっと手伝って下さい、この箱を降ろします」


2人で降ろした木箱の中にはコンロと旅行用ティーセット。



「コンロも初めてですか?」


「えぇ」


「コンロというのは火の創家で作っている物で商家で買う事が出来ます。

このレバーの丸いところを軽く握ってしばらく待つと、、ほら、火が付いた。」



「やってみます?」


レバーを横にスライドさせると火が消えた。


「本職の方がやると一瞬で付くんですよー、コツが必要なんです」


結果を言うと、着かなかった。

コツがいるって言ってたし、最初はそんなもんだろ。


シアンさんはなぜかニコニコと嬉しそうな顔で茶を入れてくれた。

木箱に2人で腰掛け茶をいただく。


「教主様はこんなものまで用意して下さったんですね、シアンさんには何から何まで・・」


「旅支度って言ったらこんなの当たり前よ、そこの箱には料理道具と食器、その下の大きな箱は食材が入っているわ、寝るときには小さな箱は降ろして食材の箱の上に毛布を敷いて寝るのよ。奥にある箱には衣類も入ってる。幌は二重になってるからテントにもなるし暑いときには捲くりあげるのよ」



へぇ。思いも寄らない工夫が色々ありそうだけど、コレもオレの知らない常識か。


「教主様が用意してくださったって言っても、この馬車も馬も全部隊長が商家から召し上げてきたものよ。商家はそれだけのことをする義務があるわ」


「教会への寄付みたいなもの?」


「教会は寄付なんか貰わないわよ。これは捨てた家人に対する施し。家を守るために切り捨てた家人に旅支度をととのえるのは義務だと思うわ。やらない家もあるけどね、隊長が言えば出さざるを得ないって訳」


「そういうのは難しそうだから追々勉強していくことにするよ」

もういっぱいいっぱいになりそう。


「教祖様から預かった荷物は別の馬車にもあるわ、兵士の方が運んでくださってる。

追いついたらタケシが運ぶのよ。早く馬を覚えてくれなきゃ」


えーーー?そんな話になってるなんて。いや、ここは踏ん張りどころだ。

がんばってこの世界の常識を身に着けなきゃ商売なんか出来ない。


「もう出発よ、追いつくまではしばらくかかりそうだから、あなたの方はまだいいわ、

今日は私が続ける」



木箱を積み込み、シアンさんが手綱を握ると、またノロノロと馬車は進み始めた。






「シアンさん。シアンさんはナースなんですよね、ってことは命の創家に繋がる家ってことですか?」

拙い知識を繋いで会話を試みる。


「一応そういうことになるわ、命の創家は世界樹のお膝元の国。命は世界樹から生まれて世界樹に帰る。その儀式や道具を司リ、教会の儀式や命を救う医療も命の創家。それだけじゃないけど、私達の生活に直接関係あるのはそんなところ」


「それで教会にナースが居るんだ。でも家をなくしたってどういう事?」


「家ねぇ・・タケシも家名持ちだから知らなくちゃいけないことだけど、一言じゃ説明できないわね。私達の食べる芋や豆はどこから来る?元は食べ物も世界樹が生み出した命なんだけど土から生えるわよね。穀物は土の創家、魚は水の創家、鳥や卵は空の創家に。だけど芋を育てるには水も空気も光も闇もみんな必要。それぞれの創家が必要な家を売り買いするの。」



「家を売り買い??」


「そう。土の国で流行った病気のためにたくさんの医家が必要になったの。それで私の仕える医家が売られて土の国へ行ってしまった。私は命の国のナース見習いとして王国教会に居たから帰る家を失ったわけ」


「王国じゃなければ、教会を追い出されても、違う家の家人になることが出来たんだけど」


「????」


複雑な話になってきた、追いつけない


「七創家の家長は基本、能力で相続されるの。王は血縁相続よ、王国の教主様も王の血縁親族。でも今は家長たる女王が行方不明、教主様も家を失ってる状態ね」


「教会は命の国の所属なんじゃ・・ちょっと混乱してきた」




「王国は特別なのよ」

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