【街の坊やの話】
雨が窓ガラスを叩いてすべって落ちるのを、坊やは大きな窓ガラスに手をひっつけて見ていました。
昨日の晩から降り続いている雨は、全然止んでくれそうにありません。
坊やのガラス越しの目の前では、おばあ様に新しく買ってもらったばかりの真新しい青い自転車が。さも物珍しそうに雨に打たれて、ぐしょぐしょに濡れてしまっています。
今日は、お父さんがお休みの日です。本当は、自転車の乗り方を教えてもらう約束だったので、すぐに使えるように庭先に出しておいたのです。
昨日の夜の事でした。テレビの予報を見て、今日も雨だと知ったお父さんは、坊やにまたのお休みの日にしようと言いました。そうして、お昼近くになってもまだ寝室から出てこないのでした。
「今日は残念ね。明日になれば晴れるって、天気予報で言っていたわ」
坊やの後ろで、お母さんはジュウタンの上に座り込んで針仕事をしています。来年、幼稚園に入る坊やの弟の為に今からくつ袋なんかを縫っているのでした。弟は、タオルケットにくるまって、お母さんの隣でお昼寝中です。
「本当に、明日は晴れるよね?」
「ええ。晴れたら公園に行ってあそんでらっしゃいな」
縫い針に糸を新しく通しながら、お母さんは言います。
「だから、今日はお勉強なさい。宿題を出されていたのでしょう?」
学校で算数の足し算の宿題が出されているのを、お母さんはちゃあんと知っていたのです。
坊やは家の中にいなくちゃならない日は、粘土遊びやおえかきをして過ごすのが好きでした。その上、今日は本当はお父さんと自転車の練習をする約束をしていたのです。坊やは面白くなくて、むすくれた顔になりました。
「宿題なんてつまらないもの。やりたくないよ」
「いけません。お母さんが見て上げるから、早くやってしまいなさい」
嫌がっている坊やに、それでもお母さんはきっぱりと言いました。ここで意地になって逆らっていては、晩御飯のハンバーグがピーマンの肉詰めになってしまうかもしれません。坊やのお母さんはそういう人なのです。
なので、坊やは仕方なしにランドセルをひっくり返して、算数の教科書とノートを取り出しました。
リビングの椅子によじのぼってページを開きます。つまらない数字ばかり。面白くないので、つい、手がお絵かきの方が楽しいからと、ノートに好きなものを書いていると、お母さんから声がかかります。
「いたずら書きをしてはいけませんよ」
「はーい…」
ジュウタンに座り込んでいるお母さんからは当然、机の上なんて見えないのですが。それでも、お母さんは何でもお見通しのようです。しぶしぶ、坊やはきちんとノートに数式を書くことにしました。
でも全然、楽しくなんかありません。どうしたって、頭に数字が入らないのです。坊やは雨の中に居る自転車を見ます。新品の自転車は雨粒を弾かせて、キラキラ、きらきら。本当は今日、乗れるはずだったのです。
お父さんと一緒に、公園であれに乗れたらどれだけ楽しかったのでしょう。
「お母さん、どうして雨は降るの?」
「晴れてばっかりじゃあ、お外で遊んでばかりいるでしょう?坊やにお勉強してもらう為よ」
働き者のお母さんは、手を休めません。窓の外を見つめる坊やには、お母さんの声も、頭に入りやしないのでした。
庭先の花が雨に打たれて頭を垂れている、その隣の家でも幼馴染の大ちゃんも坊やと同じように算数の宿題をやっているのでした。
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