雨の日の話

結佳

【熊のぼうやの話】


雨の激しくなる、森の中に、熊の親子の暮らす岩穴がありました。そこに住んでいる熊のぼうやは、雨の当たらない入口のぎりぎりで外を眺めていました。


真っ黒であたたかな毛皮の足の先をちょっとぼうやは濡らしています。ぱたぱた降る雨が、岩床に当たって弾け飛んでくるからなのでした。


「そんなところにいたら、カゼを引いてしまいますよ」


奥でまどろんでいたお母さん熊がぼうやの体ごと自分の腹元に引き寄せました。乾いて温かな体に引き寄せらせ、ぼうやは少し身じろぎしました。


「だってね、いつまで降るのかと気になって」

「きっと明日まで降っているでしょうね。さあ、奥に入って眠って仕舞いましょう」


鼻をスンスンさせて、お母さん熊はぼうやごと奥へ歩きだしました。腕の中でぼうやは顔だけを外の世界に向けます。雨のカーテンに仕切られてしまって、木も草もちょっといった先にある、いつもの小川も、なにもかも、ぼんやりとしてはっきり見えはしません。


「お母さん、あのりょうしとかいう人は、もう来ないかしら」


大きな背にゆられながら、ぼうやはまだ外を見ようとしています。


「雨が匂いを消してくれているからね。それに人間は殊更雨に濡れるのを嫌がるから、きっと雨が止むまで誰も来たりしませんよ」


雨のばたばた言う音に、熊のぼうやはそっと耳を澄ませてみました。キツネの呼び声も、鳥の歌声も、何も聞こえません。ただ、雨の地面を叩く音が聞こえるだけです。


こんな雨ならば、きっとこの間みつけた木の実も落ちてしまったかも。ぼうやは、明日にでも食べ頃になると見た木の実を森の中で見つけていたのでした。


「お母さん、あの木の実、流されてしまったかも」


探しに行かなきゃ、と手を伸ばしたぼうやの手も抱き寄せ、お母さん熊は首を横に振りました。


「明日、雨があがってから探しに行けばいい話よ。雨上がりの後に木の実がたんと集まっている場所を知っていますからね」


ほら、おやすみなさい。

奥の寝床にぼうやごとごろりと寝転ぶお母さん熊。ぼうやはまだまだ眠たくありません。目をつむってしまったお母さんに、まんまるで黒く輝く目を向けます。


「ねえ、お母さん、雨はどうして降るのかしら」


お母さんはぼうやの背中をぽんぽん叩き始めました。調子よく優しく叩かれてしまうと、ぼうやはいつもすぐ眠くなってしまうのをお母さん熊はよくよく知っているのでした。


もう重くなってしまったまぶたを擦るぼうやを、お母さん熊は寒い思いをさせないよう、しっかり抱き込みます。


「それはね、ようく眠れるためよ」


お母さんの眠そうな、優しい声が囁かれたときにはもう、ぼうやはほとんど夢の中にいたのでした。


雨に煙る森の中では、誰もが静かなまどろみの中に居りました。



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