瑠璃の館での朝

 翌朝、瑠璃の館の自室でいつものようにシルフ達に起こされて目を覚ましたレイは、一瞬自分がいる場所がわからなくて、目を開いたまま天井を見上げていた。

「えっと……ああそっか! 瑠璃の館に泊まったんだっけ」

 そう呟いて軽々と腹筋だけで起き上がる。

「ふああ、今日のお天気は大丈夫かな?」

 大きな欠伸をしながら少し明るくなっている窓辺に向かう。

「ちょっと曇ってるかな? でも、空は明るいから雨は降らなさそうだね」

『おはよう、レイ』

 その時、ブルーのシルフが現れてレイの肩に座った。

「ああ、おはようブルー。今日は雨は?」

『大丈夫だよ。少し雲が多いが昼前には晴れてくるよ。この四日間、雨は降らぬから安心しなさい』

「そうなんだね。よかった。せっかくだから晴れてるお庭を見てもらいたいものね」

 嬉しそうに笑ってブルーのシルフにキスをすると、そのまま走って洗面所へ向かった。

 寝癖だらけの髪を見て笑ったブルーのシルフは、そっとレイの頬にキスを贈ってから、後頭部の一番酷い寝癖を軽く叩いた。



「おはようございますレイルズ様。そろそろ時間ですので起きてください」

 ノックの音がして、ラスティとアルベルトが部屋に入ってくる。

 寝乱れたベッドと開いた窓を見て、アルベルトが一瞬慌てた顔をする。

 しかし、洗面所から聞こえる賑やかな笑い声にすぐに気が付き安堵のため息を吐いた。

「レイルズ様は、朝は寝起きは大変よろしいので起こすのにほとんど苦労はありません。ですが、少々問題があります」

「寝癖ですね。あの柔らかそうな髪ならば恐らくかなり酷い寝癖がつくのではありませんか?」

 ふわふわの彼の髪を見て、実はアルベルトは密かに心配していたのだ。あれは間違いなく執事泣かせの髪だと。

「さすがですね、正解です。しかもレイルズ様の場合は普通よりももっと大変なんですよ」

 苦笑いしたラスティの言葉に、アルベルトが不思議そうに目を瞬く。

「それは、何か髪質に問題でも?」

「まあ、見れば分かりますよ。ですが大丈夫ですのでご心配無く」

 笑って肩を竦めるラスティを見て不思議そうにしていたが、洗面所から聞こえるレイの笑い声を聞いてさらに首を傾げる。

 あれは独り言ではなく、間違いなく誰かと会話をしている。

「ああ、シルフ達やレイルズ様の竜のラピス様が常に使いのシルフをお側に置かれていますからね。あれは日常茶飯事の事ですから、気にしないように」

「成る程、了解致しました」

 自分が新たに仕える若き主人が、唯一無二の古竜の主であることを思い出して背筋を伸ばすアルベルトだった。

 実はアルベルトが働いている際に、すでに何度かブルーのシルフが現れて彼の働きぶりを密かに確認していたりするのだが、残念ながら精霊を見る事が出来ない彼はそんな事など全く気付かず、せっせと真面目に働いていたのだった。




「おはようございます、レイルズ様。今朝も寝癖ですか?」

 笑いながら洗面所に声をかけたラスティに続き、アルベルトも早足で洗面所へ向かった。

「おはようございます。ねえラスティ、後ろを見てください。シルフ達は笑ってるだけで全然教えてくれないんだ」

 豪快に絡まり合った赤毛を見て咄嗟に吹き出しかけたが、何とか熟練の執事の面目にかけて堪えたアルベルトだった。

「おや、今日は後頭部の寝癖はそれほど酷くありませんよ」

 笑ったラスティがそう言って髪を濡らすのを手伝っているのを見て、アルベルトはブラシと乾いた布を何枚も用意して横に置いた。

 これを濡らして寝癖を戻し、また乾かそうと思ったら相当の時間がかかるだろう。

 この後の段取りを考えて、ため息を吐きたくなるアルベルトだった。



「大丈夫ですよ。ご心配なく」

 そんな彼の心配が手に取るように分かっているラスティは、レイを起こす前にも一度言った言葉を繰り返した。

「ですが……」

 濡らした髪の左側へ回りそっとブラシをかけた瞬間、きつく絡まっていた髪がはらりと解けて軽くブラシをしただけで癖が戻ってしまったのだ。

 驚きに声も無いアルベルトを見て、ラスティにっこりと笑った。

「今のは、シルフ達が手伝ってくれたのですよ。レイルズ様の酷い寝癖の殆どは、彼女達による悪戯です。なので解く際にはこうして手伝ってくれるんですよ」

「おお、それは素晴らしい。シルフの皆様。お手伝い頂き感謝致します」

 ブラシを持った手を少し上げるようにして軽く一礼したアルベルトを見て、シルフ達は得意げに胸を張ったり大喜びしたりしている。

「だけど、この寝癖の大半は彼女達の悪戯のせいなんだけどね」

 大人しく二人にブラシをされていたレイの言葉に、不意打ちを食らったアルベルトが吹き出しかけて咳き込み、慌てたレイに心配される事になったのだった。

 また、綺麗に戻った髪をシルフ達が起こす風で乾かしている時も、アルベルトはそれを見てしきりに感心していたのだった。




 朝食は、用意された部屋で一人で頂いた。

 何か言いたげにしているレイに気付いていたが、ラスティは笑って首を振り黙って給仕に徹していたのだった。

 竜騎士隊の本部でなら、常に誰かが一緒に食事に行ってくれる。

 出遅れて後で部屋で一人で食べ事もたまにはあるが、基本的に一人で食事をする事は竜騎士隊の本部にいればまず無い。

 小さくため息を吐いて、本部の食堂よりもはるかに豪華な朝食を黙って一人で食べるレイだった。

『我はここにいるぞ』


『私達もいるからね』

『寂しくなんか無いよ』

『ないない』

『ないない』


 寂しそうなレイを見て、ブルーのシルフだけでなくニコスのシルフ達までが現れてそう言い、お皿の横に並んで座ってくれる。

 それを見て呼びもしないのに集まってきたシルフ達が、嬉しそうに目の前に置かれたお皿のサラダの豆の向きを一生懸命くるくると回して変えているのを見て、楽しそうな笑顔になるレイだった。

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