お披露目会の準備とブルーの密かな仕事

「では中へどうぞ。少しお休みいただいた後に、明日からのお披露目会の段取りについて説明させていただきます」

 執事のアルベルトの言葉に、レイは頷いて後に続いた。



「ああ、ここに置いてくれたんだね」

 入ってすぐの正面玄関部分に置かれた綺麗な彫刻が施された木製の台の上に、ラスティに言われて包んだあのギードから貰ったミスリル鉱石が千年樹の台の上に綺麗に飾られて置かれていた。

 実はつい先日、蒼の森のギードから成人祝いだと言って木箱が送られて来ていたのだ。

 中に入っていたのは、以前貰ったミスリル鉱石と比べても遜色のない見事なミスリル鉱石で、ラスティやグラントリーだけでなくルークにも見てもらって相談した結果、新しく貰った鉱石を本部の部屋に、そして今までレイの部屋に飾っていた最初に貰ったあのミスリル鉱石を瑠璃の館の正面玄関に飾る事にしたのだった。



「飾り台も綺麗だね」

 繊細な装飾が施された飾り台を見て嬉しそうな顔になる。

「それに、壁の天球図も綺麗」

 壁を見上げて更に笑顔になる。

 そのまま一旦自分の部屋に決めた南側の広い部屋へ向かう。

 アルベルトが用意してくれていた冷たいカナエ草のお茶をいただいてから、ラスティも加わって明日からの詳しい説明を聞いた。

 そして、本部からなんとグラントリーを始め、本部所属の執事達が何人も応援に来てくれていて、レイは驚きの声を上げたのだった。



 それから屋敷で働く人達に、ほんのわずかな時間だったが順番に別室に来てもらって言葉を交わした。

 彼らはほとんどが裏方になる下働きの人達で、基本的には主人や来客の前には姿を見せる事は無い。

 しかし、レイの希望で一度は会う事となったのだった。

 一言だけでも新しい主人に声をかけられた者達は皆揃って大感激して、彼らの士気を上げるのに大いに役立ったのだった。




 その後はアルベルトから、まずは明日の招待客のリストを見せてもらいながら、どのように過ごすのかなど、具体的な例を挙げながら実際に使う場所も見て回った。

 それから料理の内容の確認と、お酒のリストの確認も行う。

 レイはもう、必死になって彼らの説明を聞いていたのだった。



「ふう、これを僕一人でやれって言われたら、絶対に出来ないって事だけは分かるや。ラスティやアルベルト、それにグラントリー達がいてくれて本当に感謝だね」

 説明の嵐が一段落したところで、レイはソファーに倒れ込んで苦笑いしながらそう呟いた。


『任せて任せて』

『困った事があれば』

『私達に聞いてね』

『何でも教えてあげるからね』


 元オルベラートの貴族の館で執事をしていたニコスと一緒にいた彼女達は、彼と出会う以前からずっとニコスの先祖になる人達とも一緒に過ごして来た。

 なので、こう言ったお披露目会程度は彼女達に取っては朝飯前の簡単な接待だ。

 もちろん新しい主人であるレイが、そう言った社交には全くの初心者であるのも理解している。なので彼女達にしてみれば、明日からのこのお披露目会は自分達の知識でレイを助ける良い機会でもあると考え張り切っているのだ。

『しっかり頼むぞ』

 笑ったブルーのシルフにそう言われて、ニコスのシルフ達は揃って胸を張った。


『任せて任せて』

『助ける助ける』


 得意気な彼女達を見て、ブルーのシルフは安堵するかのように小さなため息を吐いたのだった。






 実は、ロベリオの結婚式の前から、ブルーは密かにオルダムを離れてファンラーゼンの領地の中を順番に飛行してシルフ達や光の精霊達から詳しい報告を受けて回っている。

 今のところ特に問題は無く、どこも呆れるくらいに平和そのものだ。

 タガルノとの国境近くまで行った際にはアルカディアの民達にブルーの方から連絡を寄越して、向こうの詳しい報告を聞いたりもした。

 あちらも今のところ不気味なくらいに平和そのもので、今年の秋は何十年ぶりの豊作になるだろうと聞き、密かに安堵してもいた。



 彼の地にわずか一頭だけだが戻す事が出来た大地の竜は、今のところ無事に姿を隠しおおせているらしい。

 パルテスが王に願い出て賜った辺境の地は元は穀倉地帯だった場所で、荒れ果てたその場所の元領主の屋敷を改築し、巨大な塀に囲まれた敷地内の大地の竜を入れるための屋根のない櫓を作りそこに戻したのだ。

 彼の目論見は今のところ上手くいっていて、大地の竜の存在によりその土地のノーム達は力を取り戻してせっせと働いている。

 今年よりも来年、来年よりも再来年。もっと作付けが増えて収穫が倍増すれば市場に流通する食料は一気に増えるだろう。

「愚王が立ったことにより国が富むとは、何とも皮肉な事だな」

 呆れるように笑ってそう言ったブルーに、伝言のシルフが遠慮なく吹き出す。

『全くもってその通りだよなあ』

『まあ最大の問題である城の地下に眠るアレも』

『今のところ驚くくらいに静かだからな』

「このまま後百年ほど寝ててくれんもんかな」

 笑ったブルーの言葉に、伝言のシルフが大きく頷く。

『その意見に全面的に同意するよ』

『だけどまあ一応城へ行った際には』

『地下の結界を毎回強化しているぞ』

『あれだけ重ねてかけていれば』

『まあちょっとくらいの足止めにはなるんじゃねえか?』

「どうであろうな。我ならば髪の毛一本程度の抵抗だろうがな」

 鼻で笑ったブルーの言葉に、ガイの使いのシルフが態とらしく倒れて頭を抱え込む。

『そりゃあそうだろうさ』

『逆に俺達如きの結界が古竜に通用すると言われたら』

『そっちの方が驚きだって』

 地面に転がったままそう言う伝言のシルフを見て、またブルーが鼻で笑う。

「まあ、いざという時に地下の奴がどれくらい本気を出すかにもよるだろうな。だが結界を重ねて強化させるのは決して無駄ではない。しっかり整えておくように」

『もちろんだよ』

『まあこっちは任せてくれ』

「うむ、何かあればいつなりとシルフを飛ばせ」

『了解』

『それじゃあ坊やによろしくな』

 笑って手を振って消えていく伝言のシルフを見送ったブルーは、ため息を一つ吐いて飛び立った。



 このあとは、マイリーの領地であるクームスへ赴き、彼の手で保護されている、新たに発見された精霊魔法への適性が高いのだと言う少女を観察するつもりだ。

 今のところ問題は無いようで、若干気弱な部分はあるが根は素直な良い子のようだ。

 これからやらなければならない数多くの事を考えて、密かなため息を吐くブルーだった。

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