様々な楽器と練習の意味

「えっと、今日は竜騎士隊の皆とディレント公爵夫妻、ゲルハルト公爵夫妻、ボナギル伯爵夫妻、ヴァイデン侯爵夫妻、バーナルド伯爵夫妻をお招きして、まずは庭で花を見ながら昼食会。ヴィゴの一家も一緒に招待してるんだったよね。昼食の後は、それに加えてウィルゴー夫人、マーシア夫人、キシルア夫人、ヴィッセラート伯爵夫人もお越しになる」

 机の上に置かれた招待客のリストを見ながら、レイは今日の段取りを改めて確認していた。



「そう言えばグラントリーから、一階の広間には僕の竪琴だけじゃなくて、ヴィオラや他の楽器も用意してくれているんだって聞いたけど、これは誰からの借り物なんですか?」

 無邪気な質問に、隣で同じく明日のリストを確認していたラスティが顔を上げた。

「ああ、楽器に関しましては今回は楽器専門の商人から試し弾きを兼ねて持ってきていただいております。最低限、演奏会が出来る程度の楽器は、一通りは屋敷に揃えておくのも嗜みとされております。これは急ぎませんが、レイルズ様も、いずれは一通りの楽器をお買い上げになられる事をお勧めしますね」

 簡単に言われて目を瞬く。

「えっと、僕は竪琴以外の楽器は使えないけど、それでも用意しておくの?」

「そうですよ。例えば竜騎士見習いとなってすぐに、ディレント公爵閣下のところへご挨拶に行かれた際、巫女様方とルーク様もご一緒に演奏会をなさいましたでしょう?」

 あの時は本当に楽しかったので素直に頷く。

「ああそっか。確かにあの時、僕達は楽器を持っていなかったけど、公爵閣下がお持ちの楽器を貸してくださったんだっけ。僕の竪琴と、ルークのハンマーダルシマーも。つまり、そういう事なんだね」

「はい、そういう事です」

 にっこり笑ったラスティに続き、カナエ草のお茶を用意してくれていた執事のアルベルトがにっこり笑って振り返った。

「今回は、ハンマーダルシマーも一台だけですがご用意しております。これはとても美しい細工が施されておりましたから、コレクションとしても素晴らしい楽器だと思いますね」

 レイの認識では楽器は自分が使う為に買うものだと思うが、確かに、例えばルークが来てくれた時に、ここでハンマーダルシマーを弾いてもらえたらきっと嬉しいと思う。

 そんなふうに考えれば、自分が弾けない楽器であっても、集めて置いておくというのもいいのかもしれないと思えた。



「あれ? ロベリオから聞いたんだけど、ヴィオラは時々は弾いてあげないと楽器自体が悪くなるんだって聞いたよ」

「もちろんです。それ以外にも大抵の楽器は、保管の際にも温度や湿度など一年を通しての管理が必要になります」

 当然のように答えるアルベルトに、レイは目を瞬く。

「えっと……」

 これも自分は全く知らないけれども、頑張って勉強して覚えなければいけないだろう。密かに決意を新たにするレイを見て、苦笑いしたラスティがレイの腕を叩く。

「大丈夫ですのでご心配無く。この館には楽器の管理の出来る者が複数がいますからね。弦の張り替えや日常の手入れや管理は彼らがやってくれますので、特にレイルズ様が何かなさる必要はありませんよ」

「あれ、そうなの?」

 驚くレイに、アルベルトも笑顔で頷く。

「もちろん、竪琴以外の楽器を弾いてみたい場合はいつでもお気軽にご相談ください。ここでなら遠慮なく練習していただけますからね」

「ああ、そっか。ここでなら下手な音を聞かれて恥ずかしい思いをしなくてもいいね」

 無邪気なレイの言葉にラスティが笑って首を振る。

「レイルズ様、誰しも最初は初心者ですよ。いきなり弾いて上手く弾ける方などごくごく少数でしょう。ですからこう申し上げますよ。皆最初は下手くそです。聞くに耐えない音が出ます。それでも練習を続けていれば誰でもある程度までは上達します。ですから、下手だから恥ずかしいのではなく、下手なのを嫌がって練習しなければ、いつまで経っても下手なままだから恥ずかしいのですよ」

「そっか、うん、確かにそうだね」

 ラスティの言葉に本気で驚いていたレイは、半ば呆然としながら何度も頷いていた。

「以前、ヴィオラは全然弾けなかったと仰っていましたよね。良い機会ですから。ここで練習なさればいい。突然、どこかの夜会で上手に弾けば、きっと皆驚きますよ」

 内緒話をするみたいなラスティの言葉に、また目を瞬いたレイは、今度は嬉しそうに目を輝かせた。

「ああ、それ良いですね! でも、出来るかなあ」

「どうでしょうね。ですが、何事も経験です。やってみたい楽器があるのなら、今からでも遅くはありませんよ。是非とも挑戦してみてください」

 ラスティの言葉に、嬉しそうに何度も頷いたレイだった。


『これは私達の出番だね』

『主様は何の楽器を練習するのかな?』

『楽しみ楽しみ』

『楽しみ楽しみ』


 机の上に置かれた書類の端に並んで座ったニコスのシルフの言葉に、いつの間にかレイの赤毛に埋もれるみたいにして座っていたブルーのシルフも、嬉しそうな笑顔でその赤毛を愛おしげに撫でた。

『レイはとても器用だから、きっとヴィオラ程度はすぐに弾けるようになるさ。堂々と弾きこなして皆が驚くのを見るのを、今から楽しみにしておくとしようか』

「ええ、ブルーったらそんな無茶言わないでよ。でも、確かにやってみても良いのなら他の楽器も弾いてみたいよね。じゃあまずは、ヴィオラで普通の音が出せるように頑張ってみようかなあ」

 ブルーの声が聞こえたレイがそう言って首を振りながら笑い、はちみつをたっぷり入れたカナエ草のお茶を飲むのだった。

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