事の真相とギードの誓い

『しかしその提示された賄賂はかなりの金額でなあ』

『しかし命の値段だと思えば安い値段じゃったわい』

『それで相談の結果』

『連れてきた責任を取ってワシともう一人の冒険者が報酬の全額を』

『後の二人も一部は借金返済に充てると言うので』

『それを残してあとは全額を出してくれた』

『そしてそれでも足りなかった残りを』

『商人が出してくれたのじゃ』

『乗りかかった船だ』

『命に値段はつけられんと言うてな』

『そりゃあもう必死になって謝ったさ』

『目を覚ました少年も一緒になって頭を下げておったなあ』

 腕を組んでうんうんと頷くギードのシルフに、レイは安堵の息を吐いた。

「その子、男の子だったんだね」

 レイの小さな呟きにギードのシルフが頷く。

『本人曰く十五歳との事じゃったが』

『シルフ達に確認させたところ何と九歳じゃった』

『ですがまああの小さな体なら納得しましたわい』

 ギードのシルフの言葉に、聞いていたレイが首を傾げる。

「あれ? それならどうしてその子は十五歳だなんで見え見えの嘘をついたんだろうね? シルフに聞けば嘘なんてすぐに分かるのに」

 レイに呟きを聞いたルークが、一つため息を吐いてから教えてくれた。

「十五歳は、あの国では男性の成人年齢とされているんだよ。それはこの場合……つまり、生贄の選定の際の顔ぶれに入るって意味だ」

 目を見開くレイに、マイリーも嫌そうに顔をしかめつつ頷いた。

「恐らくその子は、お前はもう十五歳だ。お前はもう十五歳だとひたすら言い聞かされて思い込まされていたのだろうさ。その少年が殴られていた理由は分からないが、ニーカから何度も聞いたが、あの国の大人達は子供に対して非常に暴力的な態度を取るらしい。恐らく管理人の憂さ晴らしか、些細な理由で気絶するまで殴られていたのだろう」

「そんな……」

 あまりの事に絶句するレイを見て、ルークが手を伸ばして背中を撫でてくれた。

「本当に碌でもない国だよな。それでそのあとどうなったんですか?」

 何故かルークとマイリーとカウリの三人の表情は、先程までと違って落ち着いて見える。ヴィゴとタドラは戸惑いつつもとにかく話を聞くつもりのようだ。

 レイが頷くのを見て、ギードのシルフはまた大きなため息を吐いた。



『あの時ほど夜明けが恋しかった事はありませなんだなあ』

『夜のうちに子供には樽に入ってもらい』

『夜明けと同時に裏庭の倉庫に運び』

『荷の積み直しを行い宿を出発した』

『城門に設けられた関所を通る時には』

『それこそ生きた心地がしませなんだわい』

『教えられた合言葉を言うと』

『槍を持った兵士が無言で右手を差し出してきた』

『用意してあった金の入った袋をこっそり渡すと』

『その槍の石突きで』

『外側の樽をガンガンと叩き』

『荷馬車の覆いの中を覗き込んで』

『また樽を叩いてから大きく頷いたんじゃ』

『行ってよし』

『となあ』



 ギードの言葉に、全員が安堵の息を吐く。



『国境の緩衝地帯をゆっくりと進み』

『ファンラーゼン側に入ったところで』

『ワシは緊張の糸が切れてラプトルから落っこちましたわい』

 恥ずかしそうにそう言って笑うギードの言葉に、ルークとマイリーも苦笑いしながら揃って頷く。

『そのあとその少年は』

『ブリストルにある女神の神殿の孤児院に引き取られ』

『成人後は商人の薬屋で働いたそうです』

『真面目によく働いたと聞いております』



 今度は笑顔で拍手をしたレイに続き、ルーク達も笑って拍手をしてくれた。



『ニコス達にはこの話はするつもりは無かった』

『向こうの街の様子や』

『入った酒屋の主人が』

『いかに手の早い暴力親父だったかなんて話を』

『面白おかしくするつもりでした』

『ですが竜騎士様方には』

『タガルノの街の人達の一端を知っていただけるかと思い』

『恥ずかしながらお話しいたしました』

『若気の至りで思いつきだけで行動した結果』

『当てが外れてタダ働きをした話ですわい』



 恥ずかしそうなギードの言葉に、しかしマイリーは笑って首を振った。

「いや、良い話を聞かせてもらいました。ところでギード、一つ確認しても良いですか?」

 にんまりと笑ったマイリーがギードのシルフに顔を寄せる。

『な……何事でございましょうや?』

 仰反るギードの様子まで、伝言のシルフは律儀に再現してくれる。

「その時に泊まったイグレダの街の宿屋とは、もしや狐の尻尾亭ではありませんか?」

『な……何故に……それを……?』

 体を起こしたギードのシルフが、ポカンと口を開けたまま固まっている。

「そして、その兵士が持っていた槍には青いリボンが巻かれていた。そして伝えた合言葉は……狐狩りの土産はいりませぬか。ではありませんか?」

 驚きに言葉もないギードを見て、ルークとマイリーは揃っていきなり笑い出した。



 驚く一同に構わず、ようやく笑いのおさまった二人は顔を見合わせて満足気に頷きあった。

「狐の尻尾亭は、今でもイグレダにある宿屋兼食堂で、実はタガルノからファンラーゼンへの市民達の密出国の手助けをしている宿屋なのですよ」

『な……なんと』

「恐らくですが、その商人も密出国の手助けをするのは初めてではないでしょうね」

 笑ったマイリーの言葉に、ルークは口元を押さえてまた笑っている。

「数十年も前の出来事ではありますが、今申し上げた通りに合言葉は変わっていないみたいだから、この一件はあまり言いふらさぬようお願いしたいところですね」

 ギードのシルフの口から低い呻き声が漏れる。

 しかし、立ち上がったギードのシルフはその場に両手を握って額に当てて跪いた。



『竜騎士様方に申し上げます』

『ギルバード・シュタインベルガー』

『精霊王より賜りし名に掛けて』

『この一件の一切を生涯口にせぬことを』

『この場にてお誓い申し上げます』



 立ち上がったマイリーが、腰に装着したままになっていた竜騎士の剣を軽く抜いて戻す。

 軽く散ったミスリルの火花が消えるのを待ってから、一つしっかりと頷いた。

「ギルバード・シュタインベルガーの誓いの言葉、このマイリー・バロウズが確かに聞き届けました。精霊王の祝福あれ。そして精霊王の守りあれ」



 笑い合っていた先程までとは全く違う、厳かとも言えるその誓いの場面に、レイは言葉も無くただただ見惚れていたのだった。

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