ギードの話
「それでその後どうなったんですか?」
無邪気に子供を助けた行為に拍手をしていたレイは、ギードのシルフに向かってやや咎めるような口調のルークの言葉に驚き、叩いていた手を止めて彼を見た。
「えっと……」
「悪いけどちょっと待ってくれるか」
真顔のカウリに言葉を遮られ、レイは口を噤んでルークをもう一度見た。
ルークだけではなく、レイ以外の全員が真顔でギードのシルフを見つめている。
『当然宿に戻って事情を説明したら』
『待っておった二人にどれほど叱られたか』
『ですがマントを剥いで見たその子は』
『完全に気絶しておって死んでるかと本気で心配したほど』
『それはそれは酷い有様じゃった』
『背中には真っ黒な掌よりも大きな痣があった』
『タガルノの風土病とも言われる黒星病じゃ』
『本当に真っ黒で皆驚いておった』
『それでとにかく体を拭いてベッドに休ませました』
『そうこうするうちに雇い主である商人が戻ってきて』
『集まっておった部屋にやって来た』
『無事に次回の商談もまとまったので』
『明日にはここを立つと言われた』
「おいおい、それってまずいんじゃねえのかよ」
カウリの呟きに、レイもようやく彼らがここまで真剣になっている意味が分かった。
行動の自由を制限され、入ってはならないとされる場所で保護した、どう見ても虐待されている子供。
旅人でしかないギードやその仲間どころか、商人でさえも扱いに困るだろう。下手をすれば、迂闊な行動を責められて子供共々ギード達まで捕らえられる可能性だってある。
「ねえ、それで一体どうなったの?」
ようやく事の重大性に気付いたレイの言葉に、ギードのシルフは恥ずかしそうにため息を吐いて口元を覆った。
『どうしても商人にその事を言えなんだ』
『我らが泊まっておったのは』
『二人一組の狭い部屋で』
『商人の部屋を挟んだ左右の部屋じゃった』
『当然予備のベッドなど無く』
『責任を取ってワシがその夜は床で寝ると言っておったのだ』
『だがその時ベッドに寝かせていた子供が目を覚ましてな』
『当然知らぬ場所にパニックになって』
『部屋にいる我らを見て』
『いきなり悲鳴を上げてベッドから転がり落ち』
『そのまま部屋から逃げ出そうとしたんじゃ』
驚く一同に、ギードのシルフはまたため息を吐く。
『わしともう一人で廊下に飛び出しそうとしたその子を』
『慌てて捕まえてベッドに連れて戻った』
『口を押さえてこうやって抱えてな』
ギードのシルフが小脇に何かを抱えて押さえつけるような仕草をする
「思いっきり、外から見たら人攫いの図だよなあ」
「いや、これは間違いなく人攫いだろうが。子供の意思じゃ無く連れて来ているわけなんだからさ」
呆れたようなカウリの声に真顔のルークがそう言ってため息を吐く。
『当然だが商人には知られてしまい』
『さらには宿屋の主人までが子供の悲鳴を聞き駆けつけ』
『何事かと慌てて駆け付けて来る始末』
「まあ当然だろうなあ。外国から来ている商人の護衛の部屋から悲鳴が聞こえたら、そりゃあ血相変えてすっ飛んでくるだろうさ」
苦笑いするカウリの言葉に、皆も頷いている。
『俺ともう一人の冒険者が事情を説明して』
『それはもう必死になって謝り倒したさ』
『しかし宿屋の主人は小綺麗になったその子を見て』
『さらに背中の黒い痣の事を聞いて』
『怒りもせずに大きなため息を吐いてこう言ったのだ』
『痣があるのなら』
『その子は恐らく忌み子だ……とな』
「忌み子?」
レイの言葉にタドラも首を傾げている。しかしそれ以外の全員が納得したように目を閉じて頷いたのだ。
「忌み子とは、タガルノ独特の言い回しだが……」
ルークが説明しかけて言葉を詰まらせる。
「要するに、死ぬことが決まっている子供って意味だ」
マイリーの言葉に、レイとタドラがもう一度揃って首を傾げる。
「そりゃあいつかは誰だって死ぬけど、今の言い方だと、その子がいつ死ぬのかが決まっているみたいな言い方だね」
レイの質問にルークとマイリーが顔を見合わせ、無言の譲り合いの後にマイリーが嫌そうに口を開いた。
「精霊王の物語の中で、荒地の国、という言い方で出てくる国があるだろう?」
「えっと、闇の冥王を崇める国だよね」
もちろん知っていたので、素直に答える。
名前は一切出てこず、ただ荒地の国、と呼ばれるその国は、精霊王の物語の中でも重要な位置を示す辺境の国だ。
精霊信仰や星系信仰のような自然環境そのものが信仰の対象となるいわば土着の信仰と違い、闇の冥王の信仰は人の欲望と密接な繋がりを持つ。
それとても元を正せば、恐ろしい事にあいませんように。災禍にあいませんように、と、いわば恐怖の対象を信仰として祈る事によって、祈れば守られるだろうという願いが元なのだ。
しかしやがて欲望と攻撃性の高い感情がどんどん神格化され、全ての恐怖と破壊を司る神としての闇の冥王が生まれたのだ。
そして闇の冥王への供物は生贄。通常は山羊や牛を使うが、生贄の中でも最高の供物は人の命なのだ。
「ま、まさか……」
顔色を変えるレイに、マイリーが無言で頷く。
『宿の主人はそう言って首を振った後』
『我らを見てこう言った』
『助ける気があるなら手を貸す……とな』
驚きに目を見張る一同に、ギードのシルフは苦笑いして肩を竦めた。
『まさかそう言われるとは思わず本気で驚きましたわい』
『聞けば宿の主人も元を正せば闇の冥王を信仰しておったそうじゃ』
『だが外国からの客を受け入れ』
『それらの人達と話をするうちに』
『生贄を求める信仰は間違っているのではないかと』
『密かに思い始めておったそうじゃ』
「なるほど。外の人達と接した事により、今まで当たり前だと思っていた事が間違っているのではと思い始めたわけか」
マイリーの呟きにルーク達も頷く。
「それでどうなったんですか?」
真顔のルークの質問に、ギードのシルフが答える。
『念の為子供に確認したら』
『当然じゃが死にたく無いと泣きつかれた』
『それで相談の結果』
『積み荷の空樽の中に子供を入れて逃す事にした』
『だが当然積み荷は全て取り調べを受ける』
『しかし宿屋の主人の伝を頼ってある兵士に賄賂を渡せば』
『その取り調べを適当にしてくれると言う』
「つまり密出国の片棒を担ぐってか?」
カウリの呆れたような言葉にギードが頷くのを見て、それぞれの口から様々な感情のこもった呻き声が聞こえた。
レイはもうどうなるのかと、手に汗を握りしめて必死になってギードのシルフの話を聞いていたのだった。
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